食べ物を選ぶ

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偽装農家―たちまちわかる最新時事解説 (家族で読めるfamily book series)当世、安心安全な食べ物といえば、まるで放射性物質が含まれていないモノみたいな感じがありますが、それって何か変。もちろん、放射性物質によって汚染されているかどうかは大きな関心事項だけど、農産物だったら土づくりへのこだわりや農薬使用の有無とか、放射能以前に問題になるものがたくさんあるじゃないですか。

左は神門善久著「偽装農家」(飛鳥新社 2009)

現在日本には285万戸ほどの農家があるそうな。でも、圧倒的多数は兼業や年金で生活を支えていて、農業からの収入を主としているわけではありません。また、農業を営んでいないのに農地を所有している「土地持ち非農家」が120万戸とされています。ちなみに、所得の半分以上が農業所得で米が農業販売額の80%を超えている米作農家は八万戸弱とか。この心細い姿が米を主食にするこの国の実情です。

最初に表紙を示した本を記した神門さんの云う「偽装農家」とは、「当面は片手間農業を続け、農地転用などで濡れ手に粟の利益を狙っている農家」のこと。でも、そういう「農家」を蔓延らせてしまったのは国の悪政や税制・法制です。その背後には選挙で勝つことだけを優先した政治家の存在があります。

農地環境の将来への関心が低い「偽装農家」は、土作りに勤しむどころか化学肥料や農薬を多用して格好だけの農産物を作り出しています。そういうモノを食するのは、はたして私たちの命や健康にとって良いのか悪いのか。放射能を云々する以前に、日本の農産物がとんでもない状況に陥っていることを私たちは知っておかねばなりません。

また、コスト至上主義に陥った販売業者や日生協のような業者が扱うモノにも要注意。いったい誰がどういう風に作ったかを曖昧にした食べ物は信用できません。数年前の食品偽装事件や賞味期限書き換え事件などを思い起こしてみて下さい。ミートホープ社の製品を扱っていたのはどこだったか、有毒染料を入れていたウナギを流通させていたのは誰だったか、毒入り餃子を販売していたのはどこの生協だったか、決して忘れてはいけません。

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私自身の話。有吉佐和子さんの「複合汚染」を読み、農産物のあまりに危険な状況についてびっくりしたのが1975年。その後、料理1つ作れないでエコとか男女同権なんか云ってはいけないと年配の知人に諭され、料理作りを学んでみると、これがなかなか面白い。併せて食材についても詳しく知るようになりました。

今ではそこそこ料理ができるようになり、野菜や果物はできるだけ農薬や化学肥料を使わないものを選び、お魚も正体不明な養殖物は避けています(完全ではありません、念のため)。おかげで、信頼できる生産者や販売店との関係も築くことができ、誰が・どんな団体がまっとうなのか、マヤカシなのか、そんな判断も一応できるようになりました。面白いことに食材への関心は美味しいものを味わう愉しさに変化していきました。

お米についていうと、毎日食べているのは秋田県大潟村で黒瀬さんが丹精こめて作っていらっしゃるもの。無策無能な現代農政に抗しつつ黒瀬さんが無農薬での米作りに取り組んでいる姿勢に賛同しているからであり、何しろお米が美味しい(食いしん坊を自負する私が云うから折り紙つき?)。これなんか、放射能以前の理由ですね。

そんなことを考えながら黒瀬農舎のホームページをみていたら、

全5か所(5圃場)の稲で、すべて 不検出(ND)(検出限界1Bq/kg以下)

とのこと。秋田県大潟村近辺の大気や土壌が汚染されていないので当たり前といえば当たり前の結果ですが、きちんと検出限界を明示して測定データを提示しているのが有り難い(文字通り、有り難い)。これを見ていて、黒瀬さんの作るお米を選び続けてきて良かったと尚更誇りに思う次第です。

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先日「東北の野菜とか牛肉を食べたら健康を壊す」と云った人がいました。云いたいことはわかるけど、あれでは秋田も青森も一緒くたになってしまい、大きな誤解を生んでしまいます。

実際、上に示したように汚染のない秋田の例だってあるじゃないですか。福島県内でも汚染されていない地域があるかもしれないし、東電福一原発から放出された放射性物質の広がりをみると、関東方面にもひどい汚染をもたらしているわけですから、「東北」だけを一括りにするのは問題ありです。

放射性物質による汚染対応で何が今必要かといえば、疑わしいものはきちんと放射能の測定を行ってベクレル表示をつける、つまり、原発汚染の程度を明示するということです。そして、その測定費用は東京電力に請求すればいい。東電福一原発事故さえなければ、そんな測定は必要なかったわけですから当然ではないでしょうか。

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繰り返します。
安全で安心できる農作物や水産物を手に入れたいという人は、放射性物質の汚染評価も大切だけど、それ以前に安易に化学物質に頼るようなモノは避けるのがベターです。自然と向き合い、自然を大切にして未来へ繋げる努力をしている人たちは日本中にたくさんいます。できることなら生産者と顔が見える関係がベストですが、信頼できる卸や販売業者が仲介するのでもいいでしょう。

その上で、今回の放射性物質汚染の状況を把握し食の可否を判断すればいい。もし汚染があるのなら、生産者の言い分をよく聞き、データと照らし合わせながら選択するかどうかを考えてみて下さい。

できるだけ農薬や化学肥料を使わずに尽力している農家の作る農産物が放射性物質による汚染で困っているなら、何をしたら良いのかいっしょに考え、そして結論を出すべきではないでしょうか。

「放射能汚染は広範囲だから逃れられない・黙って受け入れなさい」という議論は個々の生産者の違いを抜きにしてしまいます。非常事態であれば尚更個々の生産者毎にきちんと評価しなければ、悪い方に評価が引き摺られてしまいます。まっとうな農家を偽装農家とごっちゃにして、食べるか食べないかの二者択一を迫るのは、この国の第一次産業の今後を考える上でちょっとマズイ。それが私の言い分です。