おしんよりもゲン
2013/08/15
「はだしのゲン」、この漫画の名前はよく知られています。でも、全部読んだ人はどれほどいるのでしょうか。
かくいう私も昔少年ジャンプで読んでいましたが、途中からの記憶が途切れています。連れ合いに尋ねるとまだ読んだことがないというし、数日前に全巻購入して読んでみました。
読みながら絶句。そして、ささやかな希望を込めたエンディングに脱帽です。ポスト3.11の今だからこそ、この作品の価値が余計に輝いています。
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この漫画は1973年に週刊少年ジャンプで連載が開始されました。Wikiの解説はこちら。
私の記憶にあったのは、当時ジャンプを毎号読んでいたせいです。でも、原爆被災者の皮膚がドロドロになって垂れ下がっているシーンに驚きながら、そんなことって本当にあるのか、ちょっとオーバーじゃないのか等と懐疑的で、そのまま受け取れなかったことを覚えています。
でも、それは間違いでした。小学生の時には修学旅行で長崎の浦上天主堂等を訪れ原爆の被害の大きさや悲惨さを「学習」したはずだったのに、ちっとも身についていませんでした。恥ずかしい。
作者は広島で自ら被爆し、家族を失った中沢啓治さん。漫画は本人の自伝ではありませんが、体験をベースにしたもので、私が当時感じた凄まじさはむしろ読者が怖がらないように配慮したものだというのです。
物語は広島の原爆で父親や姉弟を失った主人公のゲンが、母や友達らと戦後を逞しく生きていく話です。原爆が落ちる以前の時点から話は始まりますが、原爆被害の恐ろしさだけでなく、天皇万歳とか戦争反対は非国民の世の中が戦後一気に逆転していく有様がよく描き込まれています。
興味深いのは、そういう安直な思考形式が戦後も全く同じということを、この作品は見事に暴いていること。日本人の右へ習え式の処世方法の恐ろしさに対する、作者の危機意識や警戒感に改めて敬服します。また、被爆者に対する差別やそれを巧みに利用していく者たちの存在、そして背後にいる米国のABCC(原爆傷害調査委員会)についても描かれています。
ABCCの流れを組むのが現在の放影研であり、被曝をなかったことにする一連の御用学者、重松、長瀧、山下らの人脈に繋がっていくことは本サイトをご覧の方には説明するまでもないでしょう。
要するに、原爆も原発からの被曝も同じ。被災者を助ける振りをして何か別のことをしようと目論む連中が、いつの世にもいっぱいいるということ。それにしても、ABCCが「はだしのゲン」でも登場しているのは本漫画の的確性というか、告発性の確度を高めています。この辺り、当時の私は読んでいませんでした。
それもそのはず、連載は漫画雑誌から市民系雑誌に移り、その後野党系雑誌へとどんどん変遷していったため、途中からは漫画雑誌で簡単に読める事情ではなかったせいです。でも、漫画自体に政治色はありません。むしろ、被爆を隠し、被災者を迫害する社会や政治、教育に対して右左関係なく叩くという作者のスタンスが清々しい。最初はこの漫画を持ち上げていた共産党が途中から手を引いたような感じになったのは、そういうことだったのではないかと思われます。
東電の福一原子炉が地震津波の後で爆発したことで、誰の目にも明らかになってきた被曝の恐ろしさ。このまま原発を続けるのはその危うさとともに生きていくということだし、某国から核ミサイルが撃ち込まれるまでもなく普通のミサイルで原子力発電を狙えば、被曝の悲惨さは同じようなもの。そんなことを全く無視して原発再稼働に勤しむ政府やその取り巻き団体、そしてそんな原発再開に賛同する国民に私はこの国の終わりを見てしまいます。ポスト311の今だからこそ、中沢さんの「はだしのゲン」を読んでほしいなぁ。
さて、今回のタイトルを考える時、真っ先に浮かんだのが「おしんよりもゲン」。どちらも根性物語で、主人公は逞しい。そして日本以外の国でも話題になった作品というのが共通点でしょうか。
でも、実話をベースにした「はだしのゲン」は取り扱っているのが原爆の問題で、内容は強烈、そして重い。それがまた世間から「ゲン」が嫌がられる理由になるのでしょうが、この漫画には予定調和ではなく、厳しい未来に対する、かすかな希望があります。そこが「はだしのゲン」の真に素晴らしいところではないでしょうか。
余計なことですが、村上春樹や村上龍、あるいは大江健三郎らの本よりも「ゲン」の方が歴史に残るのではないか。私はそんな風に思いますし、少なくとも私は、おしんより「はだしのゲン」を推します。
全10巻。近くのツタヤにはなかったので購入しましたが、アキナイ優先のツタヤなどには置かない本の1つなのでしょうか(苦笑)。愛蔵版とか文庫版もありますが、普通の漫画単行本サイズが読み易くていいと思います。図書館などで見つけたら是非ご一読下さい。見つからなければ是非買って読んでみて下さい。きわめてお薦め。