人権を言い訳に使った大津市教育委員会
2012/07/08
ここ数日全国的な話題になった滋賀県大津市の中学生が自殺した事件。全校アンケートで掘り起こされた、いじめの話について大津市教育委員会が調査や確認をしていなかったことが明らかになりました。確認しなかった理由は「いじめた側の人権に配慮」したからだそうで、これはメチャクチャ。なぜなら・・・
・・・
問題の「いじめた側にも人権がある」という大津市教委の言い分とは、
市教委は読売新聞に対し、「事実確認は可能な範囲でしたつもりだが、いじめた側にも人権があり、教育的配慮が必要と考えた。『自殺の練習』を問いただせば、当事者の生徒や保護者に『いじめを疑っているのか』と不信感を抱かれるかもしれない、との判断もあった」と説明。結局、事実がつかめなかったとして、非公表にしたという。(読売新聞 2012年7月6日)
とのことです。
全校アンケートの回答は匿名でいいという話だったのに、実名を出していじめの実態を伝えようとした生徒も少なからずいたそうです。学校側はそれら勇気ある回答にまず敬意を払うべきところですが、聞くだけ聞いておいて、生徒の言い分は「伝聞」とか何とか云って、確認作業もしなかったというのです。あげく、出てきたのが、先の「いじめた側の人権に配慮した」という話。大津市教委の人権に対する認識の誤りを暴露してしまいました。
人権というのは憲法で認められた基本的人権のことなのでしょうか。それとも、憲法条文の有り無しにかかわらず、ヒトとしての権利という広義の意味なのでしょうか。いずれにしても、人権というのは、犯罪者であろうと無かろうと誰にでもあります。これはヒトである限り、当たり前。
でも、相手に人権があるから質問すらできない、というわけではありません。暴力をふるって答えさせようとしたら人権侵害になりますが、正当な問いかけを人権侵害とは云いません(警察や検察では違法尋問が横行しているのをよく聞きますが、それは横に置いておきます)。
要するにこの件は、人権問題を持ち出せば責任回避ができると考えた市教委の浅はかさを明らかにしました。本当はきちんと調査すべきだった学校・市教委側の不作為を免罪しようとしただけです。こんな恥ずかしい言い訳を(日頃は人権教育と称して講習活動をしている)教育委員会が行ったのですから、恥の上塗りです。
さて、
加害者側の親がPTAの偉いさんだったとか、警察関係者もいたとか、そんな話がネットで飛び交っていますが、あまり話題になっていない重大な点がもう1つ。事件を隠蔽しようとした大津市の教育長が、問題の中学校の元校長だったことです。(該当中学の過去のお便りを検索していて発見)
自分が校長だった中学校の事件だから隠そうとしたのか、それとも自分の後輩にあたる校長の責任問題になるのを避けようとしたのか、そんな疑いさえ出てきました。
ちなみに、文科省の統計によると、いじめは最近大幅に減っているのだそうですが、これは全国の学校が本当の数字を国にあげないせいだと批判している教育評論家もいます。というのも、いじめを起こした学校の教頭や校長には管理責任問題が発生するので、いじめの事実をできるだけ表に出したくないというインセンティヴが働くというわけ。こどもの心や命よりも、教師や校長の面子や昇進の方が大事、というのが教育現場の実態なら、ほんま腐っています。
学校や市教委は「自分達に非はなかった」と云う前に、まず詳細な調査をしてから被害者側に向かい合うべきです。それが亡くなった生徒への礼儀ではないでしょうか。

関連投稿> いじめと犯罪