ワインの真贋

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世界一高いワイン「ジェファーソン・ボトル」の酔えない事情―真贋をめぐる大騒動世界一高いワイン「ジェファーソン・ボトル」の酔えない事情。
最初に苦言をいうと、本のタイトルが長すぎて、まるで昨今のTVドラマのサブタイトル。原題は、 The billionaire’s vinegar。つまり、億万長者のワインビネガー。超高価なワインとはお酢なのか、という皮肉です。邦題は原題そのままの方が良かったんじゃないかなぁ。

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この本は、1787年のシャトー・ラフィット等をめぐるワインの真贋を中心に置き、それをめぐる人間模様を書いた実話です。

問題のワインがクリスティーズで競売にかけられたのが1985年。ワイン齢でいえばほぼ200年後の話。この話を余計に面白くしているのは、ワインの元所有者がトーマス・ジェファーソンだとされたこと。そう、アメリカ合衆国独立宣言起草者の、あのジェファーソンです。

当時米国ではワインがそれほど普及していなかったのを一般的に広めた人物が、ジェファーソンだったという話はこの本で知りました。フランス公使だったこともありワイン通だったらしく、帰国する時に持ち帰る予定だったワインの一部が行方不明になった、という話から物語がスタートします。

そのジェファーソンワインを見つけたと称して売り込んだ人物と、ワインをオークションの目玉にしようとしていたクリスティーズの思惑が合致し、1985年のオークションでついた値段が15万6000ドル!(当時の為替換算で3150万円)。その後ワイン業界を熱狂と狂乱(混乱)に導いていったのです。

オークションハウスもワインの専門家も皆ホンモノだと云った、そのワインですが、当のジェファーソン財団は当初から偽物ではないかと疑念を持っていました。また、持ち込んだ人物が売り出すワインに紛い物があることに気づいたお金持ちの購入者が科学分析を行って年代を測定したところ、だんだん偽物であることが明らかになっていきます。

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興味深いことに、このワインの年代測定に登場するのはセシウム137。この放射性物質は人工的にしか作れないので核開発がなかった昔には存在しません。最初の水爆実験が行われた1952年以降、いつ頃にピークが出ているのか、チェルノブイリ原発事故でどう上昇したのか等は科学的に明らかになっています。だから、C14とかでは大雑把過ぎるような場合、セシウム137を測定すれば、より詳しくわかるというわけです。

ところが、そのワイン、セシウム137の測定でも誤差が大きすぎて正確に年代を特定できません。それに挫けず、追及者たちはボトル表面に刻まれた昔の刻印だと云われていたものが現代の歯科用ドリルで彫ったものであることを突き止めます。つまり、それは問題のワインが偽物である証拠に他なりません。裁判が提訴され、まだ係争中とのことですが、本で紹介される証拠の数々からするとワイン偽造は間違いなさそうです。

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この物語にはワイン関係の有名人が登場します。クリスティーズのブロードベント、ワイン評論家のジャンシス・ロビンソンやロバート・パーカー等々、彼らすべてが問題ワインの真贋を誤ってしまう所にワイン業界の危うさというか、不確かさ、もっといえばマヤカシやゴマカシがあるのではないでしょうか。アキナイが絡むとプロの目が眩むのはどの世界も同じかもしれません。

逆にいえば、トップの評論家連中ですら味や香りがきちんとわかっているとは言い難い。だったら偽物を混ぜたって気づかれるはずはないと思う輩がいても不思議じゃない。実際、ドンペリなんかは偽物だらけという話もあるし、超高級ワインも怪しそう。そんなのには近づかないからイイやといえばそれまでですが、やっぱりイヤですね。

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この本読んで改めて思うんですが、ワインはアートではあるけれども所詮飲み物だということ。つまり、飲んでナンボの世界なんです。

最近ラフィットやラツゥールを中国のお金持ちが買い占めているという話もありますが、1本数十万円という値段は異様です。そんなのは超お金持ちだけの世界でしょうし、馬鹿げた値段はいずれ崩壊します。それが世の道理。ワインを投資物件みたいに取り扱ってしまうと、この本で取り上げたストーリーがまた繰り返されることでしょう。

ところで、
聞くところによれば、この本の映画化が進んでいるとか。権利はウィル・スミスが買い取り、主演はブラビ。どんな映画ができるのか知りませんが、高級ワインのいかがわしさを全面に出すことで世の金持ちの愚かさとか、権威やブランドを神格化してしまう現代社会を皮肉るようなら、なかなか面白いと思いますけどね〜。でも裁判で白黒つかないと映画は動き出せないだろうなぁ。