老人喰い

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著者は鈴木大介さん。漫画雑誌モーニングに連載中の「ギャングース」の原作者の1人といえば、あの人かと思う人がいるかもしれません。かくいう私、彼の「脳がこわれた」(新潮選書)を読むまでそのことに気付きませんでした。

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「脳はこわれた」は後日紹介するとして、まずは「老人喰い」(ちくま選書)。

老人喰い:高齢者を狙う詐欺の正体 (ちくま新書)この本のサブタイトルは「高齢者を狙う詐欺の正体」。そうです、皆さんご存じの振り込め詐欺、その実態に迫ったものです。そんなのTVや新聞でよく出てくるから知ってるよ等という勿れ。著者が本書で暴き出した実態はおそらく読者の想像を超えています。少なくとも私はびっくり。

取材者の実名を出せないこともあり、著者は仮名でフィクション風のドラマ仕立てにして実態を解説していくのですが、著者が原作の漫画「ギャングース」があながち架空の話ではなさそうだなぁと思ってしまいました。

まず驚くのは、昨今の振り込め詐欺やオレオレ詐欺が巧妙に組織化されていること。最前線にいるATMや現金受け渡し役の出し子は逮捕される可能性がありますが、上位にいる詐欺プレーヤ-、さらに上にいる金主などには辿れない仕組みが幾重にも用意されているようです。

また現金受け渡しが完全にシステム化されているため、簡単には警察の手が届かないようになっています。これらの仕組みはまるで株式会社の仕組み、あるいは命令系統のしっかりした軍隊組織のようなものだと云えばいいのでしょうか。とくに詐欺集団の研修内容のレベルの高さには圧倒されます(詐欺集団を賞賛しているわけではありません、念のため)。

若者が働こうと思っても今時なかなか正規社員にはなれず、非正規で働いてもたいしたお金は得られない、これでは結婚もできないし子どもも作れない。詐欺の研修では若者に対し、こんな社会にしたのはいったい誰だ、おまえらはそれでいいのかと問いかけます。

これら問題意識には私も納得しますが、彼らの論理はそこから増長。たとえば、お金持ちの老人らがお金を握ったままだから社会が停滞する、だから自分たちがお金を奪い世の中に回るようにすればいい・・・、そんな勝手な論理で金持ち老人からお金を奪い取ることを正当化していくのです。まるで自分らが義賊、あるいは世直しの一端を担っているかのような、この奇妙な論理展開が彼らの身上です。現状認識が外れていないだけに厄介です。

もっと厄介なのは詐欺集団に優秀な人材が集っていること。以前ならどこかの会社に入ってバリバリやっていたような連中が、昨今の格差社会の中であぶれ、その受け皿が詐欺集団になっている、という取材内容に愕然。

これらの詐欺が格差社会の申し子であるとするなら、著者がいうように詐欺は必然的に続いていくことでしょう。お金は回ってこそ価値が生まれる、これはその通り。でも犯罪意識が希薄な詐欺集団の勝手な論理がまかり通れば、お金を握ったままのアナグマ状態な金持ち老人はいずれ詐欺集団のターゲットになる、そんなことが行間から伝わってくる内容です。でも、その原因を作り出しているのは社会だという著者の見立てに私は賛同します。

著者曰く、

「人から奪ってはいけない」「人を騙してはいけない」といった、ごく当たり前の歯止めを崩壊させるほどに、若い世代を追い込んでしまった結果が、この老人喰いの跋扈だ、恐ろしい世の中になってしまったと他人事のように嘆くのは、あまりにも無責任ではないか。(鈴木大介「老人喰い」から)

というまとめを私たちは心して受け止めなければなりません。この本、お薦めです。

ところで、鈴木さんが原作者の1人である漫画「ギャングース」、最新号(2017/1/16号)で終了となりました。絵柄が独特だったので読んでいない人も多いかもしれませんが、あの話の実話版がこの本です。