Xenon

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xenon1真を写す、と書いて写真。ホンマかいな〜ですが、戦前から戦後ちょいまでは光画という言葉がよく使われていました。実際、光を画くという方がある意味正確。訳語も英語のPhotographyそのものですし、私はこっちの方が好ましく感じます。

そんな光画な時代に活躍していた、ドイツコダックのRetinaというカメラがあり(1935年登場)、それに付いていたシュナイダー・クナイツナッハ製のXenon(クセノン)50mm/F2.0というレンズがあります。私が手に入れたレンズは1954年前後のモノで、カメラから取り外し、マウントをライカLに改造したもの。ちょっと使ってみただけですが、その描写が非常に気に入りました。

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xenon2戦前に登場したクセノンは、シュナイダー社が誇る銘玉としてドイツコダックのカメラに採用されたり、大判カメラや映画用のシネレンズになったり、いろいろな方面で使われてきました。レンズの設計者はトロニエさん。戦後もシュナイダーレンズの評判は高く、LeicaのLeitz社は口径の大きな明るいレンズを作れなかったこともあって、1950年代当時このクセノンをLeicaレンズとして採用しています。

その後、このクセノンがLeicaのズマリットを産み出し、Summilux(ズミルックス)に繋がっていくのですが、一方、フォクトレンダーのウルトロンも同じくトロニエさんの設計で、これがそのままNIKONの50mm/F1.8に受け継がれているそうです。つまり、LeicaもNIKONもトロニエさんに大いに恩恵を受けているというわけ。

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私が手に入れたのはその原点ともいえるXenonで、1954年前後に製作されたもの。シュナイダー社としては全盛時代だったのでしょう。写りは後年のSummicron50と似たような感じといえばいいのか、厳しく云えばSummicron50の仕上がりを少し甘くしたような感じですが、ピントが合った処は現行Leicaレンズと同様のクリアさで素晴らしい。ただ、経年変化でレンズのコーティングが少し白くなっていて逆光などには弱い。それが難点です。既に約60年選手だから白内障は致し方なし、オールドレンズというのはそういうものでしょう。曇天などでは問題ありませんから、使い方次第です。

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さて、このレンズを作るにあたり、設計者はいったい何をどう考えたのか。当時隆盛を誇っていたツァイスのようなレンズ、つまり視界すべてがクッキリ写るようなレンズを作りたかったのでしょうか。「よく写る」ことの背後には軍事的要請があることは横に置いても、皆が皆同じ思想と思考でレンズを考えていたというわけでもないでしょう。

風はそよそよ 春うらら 

風はそよそよ 春うらら 

「よく写る」方面はツァイスの独壇場ですから、そこで勝負するのでは面白くないと考え、別の方向や展開を考えた設計者がいたとしても不思議ではありません。その内の1人がトロニエさん。カラー写真がなかった当時のことですから、物体を際立たせるためには階調表現に拘りを持って、このXenonが産み出されたのではないかと私は考えます。

その結果、現在のLeicaレンズに繋がる原点のような写りを醸し出すものが出来上がりました。ネットを漁ると、「桃源郷」のような写り方を目指していたのではないかという意見を読みましたが、流石にそれは大仰でしょうが、フワフワした心象表現を目指したレンズ設計という意味なら賛同します。

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いろんなレンズがあるもんですね〜。絵描きが絵筆を選ぶように、自分に合ったレンズやカメラを見つけるのもなかなか一興です。でも、お金と手間のかかるのが痛いけど、それもまた愉しみとして、Xenonのようなレンズに出会った幸運を私は素直に喜びたいと思います。ちなみに入手したレンズはヘリコイドをつけて最短27cmまで寄れるように改造されており、最短70cm程度のライカレンズの欠点を克服しているのが嬉しい。今日の写真は最初の2枚を除き、GXR with Xenon 50mm/F2.0 です。

梅のベルクカッツェ

梅のベルクカッツェ

参考)

蛇足)
シュナイダー社の名前を知らない人は多いかもしれません。現在でもレンズ製造は活発で、PENTAXやSamsungのレンズを製作しているみたい。

外注といえば、現在のツァイスレンズは信州中野のコシナが生産代行、パナがLeicaの廉価版カメラを作っているのは公然の話、噂ではシグマもLeicaの廉価版レンズを作っているらしい。総じて、カメラレンズの世界はEMS(Electronics Manufacturing Service)真っ盛り。大量生産&コスト主義の均質化から産み出されるモノがはたしてこちらの好みに合致するものかどうか。ブランド以前に、モノの中味をきちんと評価できる眼力が必要になっています。