龍の口

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今年は辰年。辰とは龍のことですが、水道の蛇口が以前は「龍口」と呼ばれていたのをご存じですか? それがいつのまにか蛇口と呼ばれるようになりました。つまり、龍が蛇に替わるんです。

なぜ? ということで、辰の干支にちなんで水道の話を1つ。

・・・

水道管の出口にあたる給水栓が「蛇口」と呼ばれるようになったのは、明治後期のこと。それ以前は、龍口とか龍頭と呼ばれていました。それがいつのまにか、蛇口に置き換わっていきました(日本国語大辞典より)。

その変わり時期に「カラン」という言葉も登場していたのですが、この「カラン」も今ではほとんど使われなくなりました。ちなみにカランとはオランダ語の水栓つまり蛇口のことです。

龍口といえば、中国や台湾の影響を受けた地域、たとえば沖縄等には今でもドラゴンの口で水栓を装飾したものが見受けられます。また長崎の蛇踊りの蛇がヘビではなくドラゴンであることはご存じの通りですが、あれは中華系文化そのもの。明治初期まで水栓が龍口だったのは、聖なる水に天空の使いの竜をあてたのでしょうか。

それにしても、なぜこの日本において給水栓が蛇とか龍の口に喩えられるのか? 昔の日本では龍口だったのに明治の途中からなぜ蛇口に替わるのか? 以下は私の推測です。

「すべての道はローマに続く」ではありませんが、水道の起源を辿るとローマ水道に行き当たります。ローマ時代に形成された水道技術はヨーロッパ全土に広がり、水道橋のような建築物が各地に残されています。有名な処ではスペイン・セゴビアの水道橋などがありますが、イタリアやフランス等の田舎町には今でもいろいろ残っていますし、実際に使われているものもあるようです(日本でも京都南禅寺辺りや熊本に行けば水道橋の面影を確かめることができます)。

それら水道橋は水源である湧き水や清水を街々に引っ張ってくるための施設なんですが、その先の水の出口についているのは、ヨーロッパではドラゴンではなく蛇。つまり、蛇口なんです。

私自身ヨーロッパの博物館などに行く時にはチェックしてきましたが、いまだに龍口は見たことがありません。聖なるものをヘビで表したのか、禁断の実を勧めたヘビに因んだのか。そんなことは私にはわかりませんが、明治初期まで龍口と言っていた日本とは違い、水栓にはヘビの口を主に採用しているようです。(ただし断言は難しい。私の勝手な言い分だとお考え下さい。)

とりあえず以上の知識を元に考えると、

・日本では明治初期までは中国文化の影響か何かで給水栓を龍口と呼んでいた。でも
・明治以降の脱亜入欧でヨーロッパ文化を積極的に取り入れる時、ヨーロッパの知識を基にして給水栓を「蛇口」と呼び替えた。

・・・というのが私の推測です。

上は小林勇超さんがお造りになった「辰」の置物

龍口が蛇口に替わったのも中華系文化による呼称が欧州呼称に代わった結果ではなかったのか。日本の科学がドイツやイギリス等のヨーロッパからの輸入で発展したこと、近代水道技術もイギリス人やオランダ人等から学んだことを考慮すると、その過程において旧来の日本の言葉が関係外国人らの教えで変化していったと考えるのはさほど外れているとは思えません。

先のカランにしても、鎖国の江戸時代に国交を許されたのがオランダや中国だったことを考えると、蛇口という言葉よりもカランや龍口という言葉の方が先に輸入されていたと考えることができます。でも、カタカナのカランよりも蛇口が好まれたのがなぜか。おそらく明治期の翻訳者たちの間での勢力争いが関係していたのかもしれません(全くの推測です)。

以上、辰年に際しての話題提供でした。って、私にとっては昔からの疑問の1つなんですけど、検証するのは大変なんで握ったままの課題です(苦笑)。

蛇足ながら(これは辰ではなくヘビ)、新暦1月6日は旧暦ではまだ12月13日。一番寒いのはもう少し先になってからのことでしょう。お体お大事に。今年もよろしくお願いします。