100万分の1の不思議 あるいはマヤカシ

.opinion 3.11

明日試験があるので、筆箱に鉛筆を2本入れました。シャープペンシル使いの人はシャープペンシル2本に置き換えて考えてみて下さって結構です。ここで問題。鉛筆の芯が折れて使えなくなる確率は、1本当たり千分の1としましょう。試験中に鉛筆2本とも使えない確率はいくら? 

(1)100万分の1   (2)1000分の1  (3)わからない   

・・・・・・

さぁ、あなたの答はどれですか? 
(1)の100万分の1というのは、千分の1 x 千分の1 つまり千分の1の2乗です。鉛筆1本当たり千分の1でダメになるのだから、2本あればその2乗というわけです。もっともらしい話ですね。

でも、この計算にはある前提があります。2本の鉛筆に関する事象が全く独立であること、です。そうでない場合は前提が成り立ちませんから、計算そのものに意味がなくなります。

考えてみて下さい。試験当日、筆箱を家に忘れてしまったらどうなるでしょう? 試験場で使える可能性はゼロ、つまりダメになる確率は1です。あるいは、試験会場に行く途中、乗り慣れないバスを使ったので網棚の上に筆箱を入れたかばんを忘れてしまったというのはどうでしょう? この場合もダメになる確率は1です。どちらも想定できないトラブルではありません。でも、そういうのって計算に乗りにくい。とくに人為的要因を勘定に入れるのは…。要するに、一般的な確率計算とは人為的な要因や計算に乗らないものを排除した、ある一定の条件下におけるサンジュツなのです。

学校ならいざ知らず、現実世界の答でいえば、(3)が答です。試験でちゃんと鉛筆を使いたいなら2本を同じ筆箱に入れない方がいいし、筆箱の鉛筆以外に胸ポケットにシャープペンシルを忍ばせておくというのが有効でしょう。そんなの、生活の知恵レベルの話。

既にもう気づいている人もいるでしょうが、(1)の計算を行ったのが東電や国などの原発推進側でした。

東電福島第一原発。何らかのトラブルで緊急に炉心を冷却しなければならなくなった。こりゃ大変だ。でも、ポンプを動かして水を炉内に注入し、冷やせばいい。使うポンプは2台用意した。それぞれがダメになる確率を千分の1とすると、2台ともダメになるのは100万分の1。こんな確率は起こりようがないから完璧だ、大丈夫。こんな感じではないでしょうか。

でも現実には、電源ラインがコケたので、ポンプ2台とも動かないという事態に陥ったのはご存じの通り。100万分の1の確率という、ごく稀な事象が発生したわけではなく、彼らが計算範囲に入れてなかったトラブルによる不具合でした。もし、ポンプが10台あったとしても、同じ電源につないでいたら、電源がコケたら10台ともすべて動かない。だれでもわかる話。筆箱にいくら鉛筆10本入れておいても、筆箱を忘れたらオシマイなのと同じです。

つまり、想定外ではなく、想定したくないので外した、想定外し(はずし)。1文字違いですが、大きな違いです。(注1)

でも、東電や国の計算が変だと思わない人がいるらしい。たとえば経済評論家の東谷暁さんはこの計算を持ち出し、「最終的に今回の事故の原因となった非常用ディーゼル発電機不起動の確率は1000分の1だったが、東電はこれを2台並列に設置して100万分の1の確率にまで低下させていた」等とし、東電は最善を尽くしてきたのだから、東電叩きこそが「人災」だとしました。東谷さんって、簡単なサンジュツも理解できない人だったんですね。がっかり。

もうちょっとアカデミック?にいきましょうか。
ラスムッセン報告というのがあります。1974年に発表されたこの報告は、原子力発電の安全性についてのものでした。NASAが開発したフォールトツリー解析なるものを用いて行ったもので、2つの装置が同時に故障する確率はそれぞれの発生確率を掛けたものとしています(注2)。その結果、原子炉が大規模な事故を起こす確率は10億分の1になると計算。大雑把にいえば、先の100万分の1と同じような計算ですね。

1975年にこの報告書の要約を読んだ時、こんなバカな計算をしているようでは本当に原発はヤバイなと私自身思ったくらいですし、報告書が出た当時から関係者の間でも批判の的でした。トドメを刺したのは、1979年のスリーマイル原発事故。だって、10億年に1度しか起きないはずの原発事故が報告書から5年も経たずに起きてしまい、インチキ計算が現実によって吹っ飛ばされたというわけです。

東電福一原発が営業運転を始めたのは1970年代、ちょうどラスムッセン報告などが華やかなりし頃ですから、先の東谷さんが賞賛したようなマガイモノの計算で安全設計をしていたのでしょう。そーいえば、斑目原子力安全委員会委員長なんか、浜岡原発訴訟で「非常用発電機2台が同時に壊れる事態は想定していない。割り切りが必要だ」(2007/09)と証言しているくらいです(注3)。そんなんだから、今回のような事態が出てきたわけ。想定外し(はずし)を想定外などという彼らの言い分がいかにマヤカシでマガマガしいか、もう私が説明するまでもありませんね。

(注1)緊急冷却システムが動けば今回の事故は起こらなかったと私は考えていません。私思うに、津波以前に配管系統のどこかがトラブって、そこから放射能漏れが始まり、今回の悲惨な事故に繋がっていったのだろうと思います。でも、東電から詳しいデータが出るまで真偽はお預け。

(注2)ラスムッセン報告の説明は吉田 伸夫さんのサイトに簡単に整理されていますのでご参照下さい。

(注3)浜岡原発訴訟の判決文では、「停電時非常用ディーゼル発電機の2台同時起動失敗等の複数同時故障を想定する必要はない」とし、斑目証言を全面採用した。

(追記)以下で斑目発言が裁判所判決文を引用したものになっていたので訂正しました(5/18)。出典は週刊現代5/28号)