オーストリアこぼれ話

.Travel & Taste

オーストリア続きで、質問です。

Q1.日本がオーストリアから輸入しているモノで、日本の鉄道産業を支えているものは何か?
Q2.明治維新の時、オーストリア使節団が持ってきたモノは何か?
Q3.オーストリア出身で最も悪名高い人は?

さて答は? ちなみに私は先月までこれらの正解を知りませんでした。

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ウィーン・オーストリアを知るための57章【第2版】 (エリア・スタディーズ 19)今回旅行から帰って「ウィーン・オーストリアを知るための57章」(広瀬佳一、今井顕編著 明石書店)を読んだところ、興味深くて知らない話がいっぱい。もっと早く読んでいれば良かったなぁと思う次第です。

ということで私が最近知った話を少し紹介しましょう。


まず、Q1。日本がオーストリアから輸入しているモノで、最も大きな比率を占めているのが機械類及び輸送用機器(33%以上)。そこに、日本の鉄道を支えているものが含まれています。

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それは新幹線の保線車両。軌道や架線を監視管理する保線車のほとんどがオーストリア製らしい。JRの新幹線に限らず、私鉄でも活躍しているとのこと。というか、オーストリア製の保線車両は世界中の幹線列車用として大活躍しているらしい。日本の新幹線は創業以来の無事故を誇っていますが、影で動いているのはオーストリア製の保線車両というわけです。へぇ〜〜、そうですか、知りませんでしたの私です。

また、調べてみると関西空港に配備されている特殊な消防車もオーストリア製。ローゼンバウアー社パンターです。先の保線車といい、縁の下の力持ち的な分野にしっかりシェアを確保しているのがオーストリア製品の特徴みたいですね。

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次にQ2。時は遡り明治維新。オーストリア・ハンガリー使節団が最初に来日したのは1869年。米国や他のヨーロッパ諸国に少し遅れてのことです。その時の献上品の中で特筆すべきモノがベーゼンドルファーのピアノ。そう、本サイトでも以前取り上げた、あのべーゼンです。

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2回目のBösendorfer 

使節団はそのベーゼンドルファーを使ってピアノリサイタルを皇居で実施。西洋音楽の走りとなったそうです。そんな歴史を有するウィーンの至宝、べーゼンドルファーですが、近年財政的に行き詰まり、2008年にヤマハの傘下へ。オーストリアと日本の融合に時の流れを感じてしまいます。

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さぁ、最後にQ3。オーストリア出身で最も悪名高い人って、あのヒトラーです。ご存じでしたか。私は先の本を読むまで知りませんでした。

ヒトラーは1889年生まれ。青年期にウィーンで画家を目指していた、というのはどこかで読んだことがありますが、オーストリア生まれだったとは・・・。その後ヒトラーは画家への道に挫折し、オーストリアを含む大ドイツ民族主義に走っていくことになるのです。当時のウィーンにはユダヤ人が10%程度いたらしいのですが、ユダヤ人への反感を煽って勢力拡大につなげたとのこと。ちなみに、ヒトラーがドイツ国籍を取得したのは1932年2月、42才の時。

それにしても私には知らないことだらけ。でも、ひょっとして上記の話は常識レベルで、知らないのは私だけだったらご免なさい。