世界出張料理人
2014/05/16
著者はパリの3ツ星レストランのスーシェフだった弧野扶実子さん。日本から世界に飛び出す料理人はどんどん増えてきましたが、帰国する人や現地に居着いてしまう人だけではなく、この本の著者のように世界を飛び歩くという人もいるんですね。まるでどこかの漫画に出てくるような話ですが、これは実話です。
・・・
彼女が副料理長(スーシェフ)を勤めていたのはパリのアルページュ。そのレストランはロダン美術館の斜め向かい東側の角にあります。お料理は珍しい野菜や果物を使ったモダンな感じで、現在はほとんど肉料理を出さないお店ですが、激戦パリで20年近く3ツ星をキープしているのはそれだけ支持が高いということなのでしょう。
著者は駐在員の妻として生活していたパリで料理学校に通い、その後、見習いでアルページュに入ったとのこと。つまり、日本の料理学校で学んだとか、どこかのお店で修行していたとか、そういう経験はありませんでした。
そんなキャリアなしの著者が栄えある三ツ星のスーシェフになった経緯だけでも面白そうなのですが、そこらは序文で軽く流し、本ではお店から独立して出張料理人として働くところがメインです。
本に登場する世界中の、所謂セレブといった人たちの暮らしや食事風景がとにかく面白い。書く人によっては嫌みになりそうなシーンがさらっと展開されていきます。民族の違い、食とおもてなしの妙、臨機応変な料理の工夫の数々・・・、料理好きなら愉しめる内容でいっぱいです。
また、シェフである著者とお客との会話から、料理とは何か、その味わいの良否はどう評価されるのか、といった問題が浮き出てきます。たとえば本の中で「切ない味」というのが出てきますが、味わいが人の記憶の中のイメージと直結しているのであれば、料理人はいったいどうしたらいいのか。翻って立場を逆にすれば、私たちは何をどう食べたら美味しいと感じるのか、そしてそれを誰に任せたらいいのかという問題に繋がっていくのです。
フレンチ、イタリアン、そして和食も生き残りにやっきになっている現在、つまり既に情報には国境がない時代になっている今、料理人が国家や国境やそれぞれの徒弟制度に縛られる必要はどこにもありません。弧野さんはそのことを身をもって示してくれたのかもしれません。これから料理人を目指そうという人には是非読んでいただきたい一冊です。
最後に1つ。
先月だったか、ある雑誌に弧野さんがパリのレストラン案内をされている特集記事が出ていました。パラパラめくっただけですが、御本人の顔色が優れず体調がもう1つという感じだったのは、本で書かれていた病後の容態が良くないせいでしょうか。それがちょっと気になるところです。