水道水へのフッ素添加”容認”は問題だ
2000/12/15
(週刊金曜日 344号 2000/12/15 所収)
「虫歯予防『水道水にフッ素』容認」という記事が11月18日付の『朝日新聞』に載った。寝耳に水ならぬ、フッ素水である。事実だとすると、国は関連審議会や委員会の検討も経ずに勝手に動いたことになる。すぐさま厚生省に確認したところ、フッ素添加は、本来の水道行政を離れ、歯科行政の枠組みの中で進められていることがわかった。これは問題ではないのか。
「フッ素(フッ化物)には虫歯を予防する効果があるとして、厚生省は水道水へのフッ素添加を容認する方針を決め、関係自治体に伝えた」、これが先の『朝日新聞』第一面に大きく載った本文の書き出しだ。今まで慎重な態度をとってきた厚生省がフッ素添加に向けて動き出し、水道事業を行っている関係自治体にその方針を伝えたというわけである。
一方、『読売新聞』関東版の方は「虫歯予防策、水道水にフッ素添加 自治体を技術支援へ/厚生省」と内容・取扱いともに『朝日』とは異なっていた。17日の衆院厚生委員会で福島豊政務次官が武山百合子議員(自由党)の質問に対し答えた内容として、「虫歯予防に効果があるとされている水道水へのフッ素添加で、厚生省は17日、自治体からの要請があれば技術的な面で支援していく方針を初めて明らかにした」と第2面に簡単に伝えるのみである。
早速、厚生省の生活衛生局水道環境部水道整備課に事実確認を行ったところ、『朝日新聞』の報道は事実とは異なるとのこと。『読売新聞』が報道した技術支援とは歯科医師らの研究を支援するということであり、水道水へのフッ素添加に関する研究を支援するわけではない。また、衆院厚生委員会においてもフッ素添加を容認するという話は出ていない。議事録は後日インターネットでも公開するので、それを参照して欲しいという説明だった。
また、水道整備課は、業界新聞に対しても「水道行政上は否定」(『水道産業新聞』11月23日)、「方針、従来と変わらぬ 推進する立場にない」(『日本水道新聞』11月27日)などと説明し、『朝日新聞』が報じた「フッ素添加容認」を否定した。
フッ素容認と『朝日』
では、なぜ『朝日新聞』は「フッ素添加容認」と書いたのか。不審に思った『週刊金曜日』編集部が問い合わせたところ、厚生省としてはフッ素添加を積極的に勧めるという立場でないと『朝日新聞』も理解した上で、「自治体が実施したいと希望した場合は、住民合意、地元医師会の支援、水質基準の遵守という3条件がそろっていることを条件に「容認する」という方針が省内で合意され、その結果を基に報じたもの」であると回答してきた(『朝日新聞』広報室・11月22日)。三条件とか省内合意とはいったい何なのか。『朝日新聞』は一般人が知り得ないような国の動きを掴んでいたのだろうか。
厚生省筋の情報によると、今回の報道にはどうも歯科行政が関与しているらしい。話の筋がもうひとつはっきりしないまま、健康政策局歯科保健課にも「朝日報道」の真偽を尋ねてみた。そこでも通知通達を関係自治体に出したという事実はないとのこと。その際、報道の真偽については『朝日に聞いたらいいではないかと切り返された。こちらの知るところではないという意味だろうが、必ずしも否定するのではないところが何かクサイ。
そこで、『週刊金曜日』編集部に届いた『朝日新聞』の文書回答を持ち出し、水道整備課との間にフッ素添加をめぐって何らかの合意があるのではないかと質問の矛先を向けたところ、しばらく電話を待たされた後(電話の向こうでヒソヒソ課員が相談している声あり)、核心をつく説明が飛び出してきた。歯科保健課ではフッ素添加について、ある自治体からの相談に乗っており、それが『朝日新聞』において「関係自治体に伝えた」となったのではないか、というのだ。要するに、水道行政とは違う所で水道水へのフッ素添加が進んでおり、その窓口は歯科保健課だったというわけである。
厚生省内部メモの存在
歯科保健課の説明では、水道水へのフッ素添加は水道整備課も了解づくとのこと。いったい何が了解づくなのか再度水道整備課に確認したところ、やはりというか何というべきか、水道整備課と歯科保健課との間には双方の議論を整理した内部文書があることがわかった。
「水道行政の目的は清浄な水の供給であることから、フッ素添加(添加後の濃度が0.8ミリグラム/リットル以下であることが必要)により虫歯を予防しようとする場合には、歯科保健行政の範疇において、水道事業者及び水道利用者の理解を得て実施されるべきものと考える」、これがメモの内容である。文書番号もなく厚生省の役人同士が確認しただけのものだが、大臣説明にも使っているらしい。
この内部メモでは前段に掲げた水道行政の目的とフッ素添加との関係は全くわからない。水道事業者及び水道利用者の理解をどのように得るのかもはっきりしない。水質基準以下ならフッ素を添加してもよいという言い分は、水道事業に該当規定がないことを考慮すると問題が残る。しかし、厚生省内でフッ素添加を歯科保健行政で行うと決めたことによって、水道整備課はフッ素添加について推進する立場にないと他人事のように言うことができる。一方、歯科保健課は虫歯予防という大義名分の下に水道事業との関係を曖昧にして推進することができる。つまり、この役所的な内部メモが言わんとするところは、フッ素添加の推進は水道ではなく歯科保健行政の枠組みの中で進めようという役割分担の取り決め確認である。
これで謎が解けた。『朝日新聞』はこのメモの存在をふまえて「フッ素添加容認」と報道したのだろう。歯科保健課が指示を出した自治体とは、『読売新聞』によると沖縄県具志川村らしい。これを「厚生省が関係自治体に伝えた」と書いてしまうと、全国の自治体にフッ素添加の方針を伝えたかのように読者は思い込む。だが、そのような通知通達は実際には出されていなかった。『朝日新聞』は、歯科保健課あたりの情報だけを根拠にして、フッ素添加推進派が望み期待する未来を既定事実のように書いてしまったようだ。
歯科行政に要注意
肝心の水道事業体はフッ素添加水道水について消極的である。過去の斑状歯事件(注)をふまえるとなかなか手が出しにくい。フッ素を水質基準以内に添加するには技術的にも難しい。そこで厚生省が考え出したのは、水道行政としては問題を棚上げしたまま歯科行政の観点からフッ素添加を推進しようという算段である。
事態は既に水道行政を離れ、歯科行政の直接関与という新しい段階に入った。この動きを『朝日新聞』が「フッ素添加容認」と伝えたのは、たしかにスクープだった。残念ながら記事内容に正確さを欠いていたため、厚生省から『水道行政上は否定』されてしまったが、フッ素添加が歯科行政の枠組みの中で蠢いているのは間違いない。
水質基準内ならフッ素を入れても構わないという厚生省の論理では、水道水に味やニオイあるいはミネラル成分なども勝手に添加することが可能になる。正体不明の化学物質でも基準がないモノは、いくら添加しても水質基準違反にはならない。これはどう考えてもおかしな理屈だ。その奇妙な理屈を撤回させない限り、歯科保健行政のフッ素添加推進は止められないし、水道が新たな商売の媒介物になる危険性も出てきたと言えよう。
来年の省庁改編で水道整備課は健康局水道課、歯科保健課は医政局歯科保健課となる。今後水道水へのフッ素添加問題を考える時には歯科保健行政の動きに要注意だ。
(注)兵庫県宝塚市や西宮市などで1960年代後半から70年代にかけ、フッ素を含有する水道水のために水道利用者の歯のエナメル質形成不全が起こり、褐色変色するなどのフッ素性歯牙障害(「歯のフッ素症」)が続出した事件。
フッ素の是非については、『やめよう!フッ素を使ったむし歯の集団予防』(『週刊金曜日』303号【2000年2月18日】を参照。
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