知人の訃報

.Travel & Taste

友人から高校時代の知人が亡くなったとのメールあり。日常的な付き合いがなかった故人でしたが、思い出したのは、いっしょにサッカーボールを蹴っていた記憶と「赤霧島」を知った経緯でした。(アップ後に記憶違いに気づき一部変更)
(言い訳)当初、弔報としていましたが訃報に変更。

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高校を出て既に40数年。故人との記憶を辿るとまず思い出したのが高校浪人。通った高校が受験校だったせいか、同学年450人中に浪人生が約10名。当時、高校入試でも浪人があるのかと驚きましたが、そのうち3人がサッカー部でいっしょ、みんな苦労人風でなかなか。亡くなったT君もその1人でした。

彼は東京の大学を出て日航のパーサーをしばらく勤めた後、地元の福岡に戻り割烹居酒屋を開店。時々訪れているという友人らに誘われ、帰福した折りに薬院近くの西鉄沿線にあるお店ヘ出向いたのが2006年5月3日。13年前のこと。

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そこには昔の面影そのままの彼がいました。高校出てから一度も会ったことがなかったのに、その間の時間の長さを感じさせなかったのはサッカー部でいっしょにキツい思いをしたせいでしょうか、不思議です。また、自営業の気安さなのか、好きなことをやっているせいなのか、オレは自由に生きているゾ感が私にはとっても逞しく感じました。

その時、「日頃何飲んでいるの?」と問われ「百年の孤独」だと答えると、「そんなもんこっち(博多)じゃ飲まんけんね~」と一笑されたので、「じゃ何?」と返すと自分のお店の棚いっぱいに並んでいる「アカキリ」を彼は指し示しました。「赤霧島」を最初に知ったのはこの時です。

飲んでみるとなかなかマロヤカで旨い。関西では「赤霧島」がポピュラーになる前で、その1、2年後に2倍3倍のプレミアムつきの値段で出てきたので、やっと博多に追い付いたのかと思った次第です。そんな経緯で、現在行きつけの居酒屋さんにキープしている焼酎は「赤霧島」。私たち夫婦のお気入りです。


いつかは誰もが死ぬ定め。早いか遅いかだけのこと、と言えば話はオシマイ。でも知っている人が亡くなるのは何気に感慨深く、次は自分らの番だなと知らせてくれた友人と語り合ったところです。

それにしても、「赤霧島」を飲むと尚更彼の顔が浮かぶことでしょう。安らかにお眠り下さい。ご冥福を願って。