空中征服

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賀川豊彦 著   改造社  1922年(大正11)12月13日発行

著者の業績は私が説明するまでもありません。この本は大阪の煤煙公害をネタにしたドタバタ小説です。約1世紀前の古い本ですが、公害問題とそれを取り巻く人間模様、役所の腐敗とその対応策への鋭い洞察など、いろいろと勉強になりました。星新一さんや筒井康隆さんの原点みたいな内容といって良いかも。…
(追記)amazonに古本が出品されていました。


舞台は大阪市。市長になった賀川豊彦が、大阪の町と住民を苦しめているばい煙公害に挑むという筋立てです。工場から出る煙で呼吸器系を痛め苦しみ亡くなっていく人々の姿を前に、賀川市長は煙突廃止の提案を議会で打ち上げます。要するに、石炭を燃やすような工場生産ではなく、電気を使ったものに転換し、大気汚染を解決しようというもの。いくら電気でも、それを作る時の汚染や廃棄物についてはどうするの?という突っ込みはまぁ横に置き、当時の大気汚染についての著者の怒りみたいものを感じます。

ところが、工場経営者やその利権の代理人である議員らは市長の提案をはいそうですかと認めるわけにはいきません。彼らは怒りまくり、議事を妨害したり、市長を闇夜で襲ったり、何とか市長の動きを止めようとやっきになって対抗します。市長の議会説明の中に、ヒトの命の価値を計算する下りがありますが、昔のほうがよっぽどストレートな議論をしていたのかもしれません。

また、大気汚染の解決に努める市長は、大阪市職員のサボタージュが世の中を台無しにしていることにも気づき、全職員を解雇して!、女性だけの「市行政請負制」という快挙も進めます。賀川の主張では男性中心の社会や役所が問題を歪ませているからというのですが、当時の人権運動を背景にしたのか、それとも皮肉ったのか。

本の最後はあっけないもので、市の職員や利権派のクーデターで市長は捕らえられ磔で惨殺。煙公害の解決も女性の社会進出も何もかも砕けちってしまいます。そして、最後の最後で、本の内容が賀川の夢であることが明らかにされてジ・エンド。アダムとエバ(イブ)や太閤さん、大潮平八郎などが登場して、大阪市議会で演説をぶったり、荒唐無稽な内容となっているため、ドライなブラックコメディのような感じに仕上がっています。

私がこの本を読んだのは昨年春のこと。その数ヶ月後に自分自身が地元町長選に立候補しようなどとまさか思っていませんでしたが、選挙に出るとなると、この賀川市長と同じ悩みがイヤがおうでも迫ってきました。

地元の選挙の焦点は、産廃と一廃をいっしょに燃やそうとする滋賀県の広域大型ごみ焼却場が地元に計画されていることの是非をめぐるものでした。その計画にノーと云うことは実は、そういう大型公共事業を排除して地域行政が生き残ることができるかどうか、ということと同じです。この理解が難しいのか、(焼却場はどこかに必要だが地元には作ってくれるなという)白紙撤回派は、そんなことは二の次でした。

多くの人が理不尽な権力に寄り添い、利権の分け前で生きることを望み、利権の分配を代行する議員や有力者というのがいて、きっちり調整する。それに異議を唱える者には反体制というレッテルを貼るのはご存じの通り。そうした仕組みは賀川が小説で展開した時とほとんど変わっていません。

田舎の地域の、旧来の利権で生き続ける人たちにとって、大型公共事業を否定することは町の財政を破綻させることと同一と映ったのでしょう。いくら歳入が少なくとも、その中で生きていくという決断を誰かがどこかで行わない限り、市町村は都道府県に、都道府県は国にその主導権を握られ、上位権力の都合のよいようにやられてしまいます。

要するに、私の住む町に計画されたごみ焼却場問題の解決とは、その計画をつぶしただけでは解決できない種類のもの。とくに首長の立場では、従来の利権タカリ型の政治を払拭した新しい展開が求められているのですが、云うは易く行うは難し。選挙に出るのを逡巡したのは、この点にあったと白状しなければなりません。結果は落選。当選していたら、今頃はゆっくり本など読んでいる暇などなかったことでしょう。

さて、この本を知ったのは、昨年2月萬晩報を主宰する伴武澄氏がそのMLで取り上げていたからです。何かしら気になってインターネットの古本屋さんを検索し、手に入れました。

伴氏は、この本を「賀川が80年前に提起した市行政請負制」という題でご紹介されていました。そこで、氏は役所改革に乗り出した賀川市長が公務員の仕事を民間の請負制にしようという下りを、「実に現代的」な発想であると紹介しながら、「愛知県高浜市は1975年のオイルショックを契機に窓口業務など行政サービスを外部委託に踏み切り、職員は10年前の256人から191人に削減。2003年度では、市の人件費を3億6800万円節約した」という現代の事例を引いています。賀川が83年前に小説で展開し、そして挫折した「行政請負制」が実現されつつあるというべきところでしょう。その行方と成否については、元役所勤めの私も気になるところです。