五公五民に陥った、もう1つの理由

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前回の稿では、所得に対する国民負担率が五公五民状態になっていることを紹介しました。森永さんは国民がザイム真理教に洗脳され租税や社会保障費の増大を受け入れてきたからだとの見解でしたが、それだけではありません。租税や社会保障が高くなってもそれ以上に所得が増えれば負担率という数値自体は少なくなるからです。でも、この国では残念ながらそうなりませんでした。そうです、五公五民問題に陥ったもう1つの問題点はこの国の所得が伸びていない、要するに給料が上がっていないということなのです。

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30数年前のバブル崩壊以降、この国の経済は停滞したまま。大手電機産業や他の産業の国際競争力は著しく低下。一方で、利益確保のためにコスト削減と称して人を減らし非正規雇用を拡大したため国民平均所得はどんどん低下。昨今の円安も含め、いつのまにか先進国の中でも貧しい国になってしまいました。

具体的な数字で見ると、1990年以降現在まで米国や英国の平均賃金は約五割上昇、韓国はほぼ2倍になっているのに日本の平均賃金は12.5%しか伸びていません。30年前には世界でも有数の高水準だったのが、今では「安い日本」です。(出典は渋谷和宏さんの『日本の会社員はなぜ「やる気」を失ったのか』(平凡社新書2023年))。

上グラフは渋谷和宏『日本の会社員はなぜ「やる気」を失ったのか』より

物価も大きく開いてしまいました。最近、ハワイでラーメン食べたら3000円だったというニュースを見かけましたし、韓国では日本でゴルフをする方が安いという話も出ていました。30年前は日本から香港などの海外へ買い出しに出かけるという話だったのが、今では全く逆という有様です。

ヨーロッパも同じ。大雑把にいってパリの物価は日本の2倍で、最近レストランの値段を見てびっくり。28年前に訪れたギィ・サボアのお任せ料理は当時820フラン(為替換算で15000円)、現在は680€(10万円!なんとまぁ!)。為替が絡むので厄介ですが、日本はデフレだからモノの値段が安くてイイと云って安穏としていたら世界は大きく変化していたというわけです。

じゃ、この国の給料が上がらないのはなぜか。まず日本企業が儲からなくなった。輸出産業の花形だった電機産業は凋落し、ウォークマンやファミコンに代表されるような画期的製品も出なくなり、あげく韓国や中国などの追い上げによる低価格路線に対応できませんでした。その結果、「ジャパンブランドの輸出額は、テレビなどの映像機器で8割弱、音響機器で8割強。事務用機器で5割強も減少」(前出本)してしまいました。これでは給料も上げられません。

本来ならデジタル化の進捗とともに産業構造の改革や新しい製品開発に取り組むべきだったのに、過去の「モノづくり大国」の栄光に執着した日本の経営者の判断ミスが今日の姿になってしまったというのが、渋谷さんの見立てです。

日本の経営者はこの間、とりあえずの利益を確保するために「縮み経営」に勤め、従業員評価に「減点主義」を導入し、コスト削減と称したリストラを進め、一方で非正規職員を増やすことで格好をつけようとしたのですが、これによって将来の利益拡大に必要な資源も人材も消えてしまいました。渋谷さん曰く、「結果論ですが、これはとりかえしのつかない誤り」だったというわけです。


詳しくは前出書にあたっていただくとして、理由は社員の働き方がマズイからではなく、「付加価値が低いのは日本企業がつくる製品の値段が安いから」。つまり「安い賃金」をもたらしたのは、世界が欲しがるような独創的で魅力的なデザインを盛り込めなくなった安い製品価格であり、その元凶は会社員のやる気をくじく「安い賃金」だと喝破しています。

これを打開するには、「社員に報い社員に投資する」、「社員を信じ加点主義で評価する」、「起業家タイプのイノベーターに活躍の場」という方向転換が必要だと渋谷さんは提言していますが、だとしたら判断ミスの失敗を省みないオワコン経営者やその取り巻きこそリストラしない限り、日本企業の未来はありません。これこそがこの国30年の停滞原因でしょう、きっと。