メルケルの「転向」

.Books&DVD… 3.11

なぜメルケルは「転向」したのか-ドイツ原子力四〇年戦争の真実メルケルさんというのは右派で原発推進だったのに、3.11以降なぜ急に脱原発派に変身したのか。不思議だなぁと思っていたら、熊谷徹さんの『なぜメルケルは「転向」したのか』(日経BP 2012)を読んでよくわかりました。読み終わるのがもったいないなぁと感じられるような面白さ。メルケルさんの政治感覚のたしかさ・巧みさを、著者の熊谷さんは実に興味深く追及しています。(中味は漫画ではありません、念のため)

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東ドイツ出身で理論物理学者だったメルケルさん、どこぞの誰かと違って虚勢を張らないので、この本を読むまで私も全く知りませんでしたが、アイソトープなんか彼女の守備範囲じゃないですか。その人が東西統一後政治家に転身し、当時のコール首相に見い出されて頭角を表し、2000年にキリスト教民主同盟(CDU)のトップ、2005年の連邦議会選挙の結果生まれた大連立政権でドイツで初めての女性首相になりました。

メルケルさんが原発推進派であったことはよく知られていました。実際、3.11以前には前政権が定めた原発廃止路線を修正して原発延命化を図っていたため、せっかくの脱原発の流れもこれまでかと世界中の志ある人たちの心配の種だったくらいです。ところが、彼女はフクシマでの原発事故で考えを一変させてしまいます。

メルケル首相はフクシマ事故のわずか4日後に「原子力モラトリアム」を発令し、31年以上動いていた7基の原子炉を直ちに停止させ、ストレステストを命じたのです。そして、ドイツ連邦議会は2011年6月30日、原子力法の改正案を可決し、2022年12月31日までに原子力発電所を完全に廃止することを決定しました。これがドイツにおけるポスト3.11の動きです。日本が原発再稼働なんかオバカなことを目指している一方で、遠く離れたドイツではフクシマは他山の石になっているわけです。

注目すべきは法改正の議会審議に先立って行われたメルケルさんの演説。熊谷本から私なりに再整理すると、

  • 福島事故は全世界にとって強烈な一撃、私個人(メルケル)にとっても強い衝撃、
  • ハイテク日本でも原子力のリスクを制御できなかった、
  • 原子力の残余リスクは受け入れられないことが明らかになった、
  • 福島事故はリスクの想定と事故の確率分析の信頼性を覆してしまった、
  • 福島事故は原子力についての私の態度を変えた、

というもの。この演説を真摯に読むと、きわめてストレートに、かつ明快に原発の危険性について認識を変えたということを示しています。つまり、推進派の彼女にとってもフクシマは原発への認識を180度展開させるほどの衝撃だったのでしょう。

判断の基礎になっているのは、リスクに関する科学的知見のたしかさ。元理論物理学者という肩書きはホンモノのようです。彼女が持ち出した残余リスクというのは「さまざまな安全措置、防護措置を講じても完全になくすことができないリスク」のことで、いわば想定外のリスクであり(熊谷本)、あるいはブラックスワン。メルケルさんのいう「原子力の残余リスクは受け入れられない」という箇所は、(本HPでも繰り返してきたように)一度原発事故が起きたら破局になるということを表明しています。

さて、ドイツの脱原発政策は今回メルケルさんが創り出したわけではありません。70年代からの反原発・脱原発の草の根運動に始まり、90年代の緑の党の躍進、そして前シュレーダー政権の時に制定された原発廃止の法律があったからこその話。

この本でその経過を改めて振り返ると、実現可能な脱原発への道筋が朧気ながら見えてくるような感じがしてきました。日本の今後を考えるヒントになるかもしれません。お薦め。