カモーラ、ナポリまたの名をゴモラ

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死都ゴモラ---世界の裏側を支配する暗黒帝国 (河出文庫)西ヨーロッパで物騒な処といえば、1980年代後期ではロッテルダム/アムステルダムかバルセロナというのが私の印象でした。その後ベルリンの壁が崩壊し、ソ連がロシア等に分割され、バルト三国が独立。ソ連の軛がなくなった東欧諸国も発展し始め、一方でボスニア紛争が勃発。その後鳴り物入りで登場したEUは、いつのまにか瓦解の絶壁。そんな中、今はいったいどこが物騒かと云われると、ナポリってのがかなり危なそうですね。だって、カモーラが徘徊跋扈しているから。

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港町というのは物資や行きずりの人が行き交う現場となるため、活気がある反面どうしても荒っぽい感じになります。バルセロナやオランダの2ダムはまさにその典型。おまけに物資が動く時にはヤクも出回るのか、波止場や駅前には麻薬ジャンキーがウヨウヨ。いきおい、スリやかっぱらいが増えヤバイ感じ。私が訪れたのは1988年のことですが、上記3都市ではジャンキーに纏わり付かれて閉口しました。

イタリアのナポリもそうみたい、いやそれ以上でしょうか。そのナポリがこの本『死都ゴモラ』の舞台で、著者はセコンディリアーノ等の地区に巣くうカモーラ(カモッラ)という犯罪組織を取り上げています。

シチリアのコーザ・ノストラ(いわゆるマフィア)、カンブリアのンドランゲータの影に隠れ、それほど報じられることのなかったカモーラ。でも、組織、構成員数、物資の取扱数、社会への浸透度等を比べると3〜4倍の規模を誇ると本にあります。

カモーラは血も涙もない犯罪組織で、お金や権益を守るために脅しや殺しは当たり前。本中で紹介される殺しの手口を読むと吐き気を催すほどで、映画「ゴッドファーザー」で描き出される世界が誇張でも何でもないことがわかります。

ただ犯罪組織と云っても単純じゃない。アパレル産業では著名ブランドが決して作らないサイズやスペックを作ることで市場を確保しブランドの一部になっていますし、靴、皮革製品ではイタリア製品の多くを傘下に収めているので、ホンモノと偽物との区別それ自体が曖昧です。

また、ナポリの港湾機能を最大限に活かして表向きには物資の流通を担いながら、裏では麻薬などの非合法物資も取り扱うなど合法非合法の両面を押さえているらしい。そうなってくると、どこから違法なのかが曖昧になってきて取り締まる方もやりにくい。なにせ関わる人々の数が大きくなり、簡単には潰せなくなってしまいます。

一部の市長まで関わっているというのですから、クラン(犯罪徒党)の仲間にならないと生きていけないような雰囲気まで出てきます。本で取り上げられている、暗殺者の目撃証言を行った幼稚園教師(女性)の例では、地域社会は勇気ある行為を「沈黙の掟」を破った非常識な振る舞いだとし、彼女は仕事を失い転居まで余儀なくされたというのですから、もう滅茶苦茶。

麻薬だけではなく武器にもカモーラは関与しています。旧ソ連や東欧に入り込み、軍部や武器産業に給料を払い、カラシニコフ(AK-47)等を世界中に横流ししたり、アフリカ諸国への武器輸出もカモーラの得意事業。アパレルから武器まで扱っているのですから、カモーラは大手日本商社みたいなものですね(皮肉です)。

私がなぜ本に辿り着いたかというと、ナポリのごみ問題に関心があったから。ここ数年来ナポリ市内には回収されないごみが溢れ、異臭が漂うという状況となっています。ゴミの収集ができないのは捨てる場所がないから・・・という単純な理由だけではありません。背後にカモーラの存在やそれに対抗する市当局、そしてカモーラに依存しなければ成り立たないイタリア経済の醜悪な実態など、複雑怪奇な事情があります。

この本によると、イタリア南部は全イタリアのごみ捨て場であり、一般ごみだけでなく危険な産業廃棄物まで吸い寄せ、合法違法どちらもありの状況とか。そこには超一流企業から産廃関係免許人まで関わっていて、もうどうしようもないほど悲惨な状況となっています。

ナポリ市街の通りにごみが山積されたのもその状況の中での話。カモーラがイタリア全土から集めたごみを勝手に捨てたり放置するので、ナポリ周辺地域は環境悪化。困った住民はごみ処分場などの増設に反対。当局は犯罪組織の関与に待ったをかけるべく処分場を閉鎖したりして対応。でも残った処分場だけではすぐに満杯になって対処できなくなる。その結果がこちら。(注意:日本以外ではごみを燃やすというのは一般的ではありません)

それにしても、昔から云われてきた観光名所を讃える「ナポリを見てから死ね」という言い回しが、「ナポリを見たら死ぬ」みたいな犯罪名所・ごみ名所を象徴する意味合いになってしまった感は痛々しい。この本を読んでしまうと、もうナポリには近づきたくないですね。

ウルトラ怪獣シリーズ30 EXゴモラ著者はナポリを旧約聖書に出てくる悪徳都市「ソドムとゴモラ」のゴモラに喩えています。でも、日本の放射線基準の大幅緩和とか、無法がいつのまにか合法適法になってしまうような世の中を見るにつけ、ナポリの退廃がいつのまにか標準化される世界が近そうでオソロシイ(右は怪獣ゴモラ)。

ちなみに、この本の翻訳は途中で放り出したくなるくらいにひどい。日本語になっていない。おそらく自動翻訳ソフトを通したのをちょこちょこいじって、名の知れた翻訳者の名前をつけたのではないかと推察(最近の流行か?)。それでも最後まで読み通せたのは内容の凄まじさと深刻さに興味を覚えたから。読みにくい文章でも忍耐力があり、原意を酌み取る努力を厭わない人にお薦め。