この国は壊れている その5

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イノセント・ゲリラの祝祭 (下) (宝島社文庫 C か 1-8)

従来の安全基準を大幅に緩め、国民全体を被曝に追い込んでいく国。こどもや妊婦への影響が著しいのは学問的にも明らかなのに平気で無視する御用学者。風見鶏の政治家が体たらくなのはいつものこと。でも、この国の未来とそれを担う国民をないがしろにするのはなぜなのか。この疑問がなかなかすっきり解けません。でも、海堂尊さんの本を読むとヒントがちらほら。

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部屋には読み残してツン読になっている本が山積。その中の1つがこの本でした。掃除の合間に一気に読み進めてみるとびっくり。ポスト311の現在、本の中に散りばめられた名文句が光ります。もし311以前に『イノセント・ゲリラの祝祭』を読んでいたら、そんなもんかなぁ、そうだろうなぁ程度で読み過ごしていたかもしれません。

本は、ご存じチーム・バチスタで有名になった田口医師や白鳥厚労省室長などが登場する医療小説。死因判定に画像診断(エーアイ)を使うかどうかという話を中心に物語が展開されていくのですが、それは読んだ人のお楽しみ。ここで問題にしたいのは作中の名文句のいくつかです。

たとえば、

「パブコメって、いったい何ですか?」
「ただのガス抜き。そして僕たち官僚は国民の声を聞きましたというアリバイ工作、さ」
僕(主人公)は絶句する。これがこの国のかたちなのか。
(前掲書第19章)

その通り。パブリックコメントに参加したことのある者なら覚えがあるでしょう。云うだけ云わせておいて国は特異点の洗い出しに使っているのかもしれません。

次も意味深。

「(前略)心不全とは状態記述だ。発熱とか嘔吐という言葉の仲間。病名ではなく状態を述べているだけ。心不全とは心臓の機能不全状態を指していて、死亡診断書に心不全と書くことは、実は死因不明、と書いたに等しい」(前掲書第20章)。

この国は既に死因不明社会。ポスト311の現在、がんになるのはストレスが原因だなんて云うような学者がウヨウヨしている状況のなかで、死因不明社会が余計に深く定着していきそうです。なんで? 誰がそれを望むのか、誰が得するのかを考えてみて下さい。

圧巻は本のクライマックスで登場する文句。そしてそれこそがポスト311において考えなければならないことを示唆するものでした。

「(前略)厚生労働官僚の主張は一貫しないこと甚だしいですね。長年、財務省と結託し、医療費某国論を念仏のように唱え続けた。なのに自分たちに都合のいい『メタボ』には巨額の予算を配分する。僕は言いたい。医療費は、傷ついた人を治療するという本来の主旨に復古せよ・・・」
(中略)
「何を言う。国家があって、初めて医療も存在できるんだぞ」
(前掲書第33章)

ああ、そうか。そうなんだよね~。読んだ瞬間、膝を打ちました。官僚の発想にはまず国家、国体の存続というのがある。これは強調してもし過ぎることはない。彼ら官僚(国)の考えの根本はこれなんです。

イノセント・ゲリラの祝祭 (上) (宝島社文庫 C か 1-7)ポスト311でいうなら、東電原発から撒き散らかされた放射性物質によって汚染が広がり、多くの人が被曝して苦しんでも国が安泰なら問題なし。だからこそ、東京から離れた場所に原発を作ったんじゃないか(権力者の考え方です、念のため)。

迫る来る高齢化や医療費増大を考慮すれば、被曝対応にそんなにお金をかけるわけにはいきません。というか、お金がないので対応できません。年金だってヤバイのに。安全基準を大幅に緩めたのは表向き非常時対応ですが、内実は賠償費の値切りであることは既に説明した通り。これはそのまま国の費用負担削減に繋がります。

今後頻発するであろうガン死や原因不明の疾病には先手を打って「関係なし」としておかないと、関連医療費はうなぎ登りになるでしょう。東電救済スキームも吹っ飛ぶし、原子力マフィアの存在すら危うくなってしまいます。実際、アルバだって左前になっているじゃないですか。

被曝者の健康がどうのこうのという前にまず国の存続、国体の維持を第一。そうであるなら尚のこと、できるだけ被爆対策にお金をかけないのが得策だ、官僚連中がそう考えるのは「普通の感覚」で「通常対応」でしょう。御用学者を配して表向きの被曝調査を継続させるのも、ヒロシマ・ナガサキでの経験からその効果は実証済み。小狡い学者がそれに擦り寄り、被曝そのものを矮小化したり無かったことにするテクニックを弄するのも歴史が証明しています。

国家があって、初めて医療も存在できるんだぞ」とは、国が潰れるような巨額の費用負担なんてできるわけがない、そのためにあれこれ手を打っているのに、おまえらはそんなこともわからんのか! という意味でしょう(本では医療行為や死亡検査。私が取り上げたのは被曝検査や被曝対応医療)。その結果、フクシマの人々が切り捨てられてしまっても、国体維持のためには仕方がないという姿勢が明らか。そんなん許されるんか!(怒)

海堂本では先の台詞の後に、「国は滅びることはあっても、医療は滅びない」と登場人物が切り返します。私もこの発言に強く同意。国が大事か民が大事かと問われれば、民だというのが私の考えですし、それをアナーキーだと云われても本望です。

もちろん、海堂さんはポスト311の社会を見越して本を書いたわけじゃないし、その中の文句を勝手に解釈されるのは本意ではないでしょう。でも、医療をテーマに取り上げた内容を敷衍すると、私は上記の読み方をしてしまいました。

壊れた国はそれを隠蔽したり偽装するため、まともな民を壊していくことでしょう。南米の言葉にケブラドスというのがあるそうな。「壊された人々」という意味ですが、「権力に屈した人」のことを指すとか。ケブラドスにならないように生きていきましょう。>心ある人たちへ