心を洗う露天風呂

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露天風呂では体を洗うのではなく心を洗う、とのこと。うまい云い方ですね〜。黒川温泉の立役者 後藤哲也さん(前新明館主人、故人)の弁で、松田忠徳さん(旅行作家、温泉評論)との対談録「黒川温泉 観光経営講座」(光文社新書 2005年)の中の一節です。

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絶版みたいですが、中古なら入手可能

初めての温泉に行く時、前調べを行い、どこに泊まるか、どう愉しむか、いろいろ考えますが、出かけた後で記憶がまだ新しい時にあれこれ調べるのも愉しみの1つ。ということで、黒川温泉から帰宅して関連本をいくつか読んでみました。その1つが後藤氏+松田氏の対談本です。

50年前にはほとんど知られていなかった黒川温泉がなぜ有名になったのか。そのことを解き明かすべく、黒川温泉組合を立ち上げた後藤氏に松田氏が問いかけていくというのが本の内容です。

最近クチコミサイト等で露天風呂に石けんやシャンプーがないのをクレームする人を時々みかけますが、後藤さん曰く、本来野外の露天風呂は体を洗うのではなく浸かるもの。自身の宿でも石けんなどは内風呂にのみ置いて屋外には置かず、露天風呂では「心を洗う」と説明していますが、これは名文句でしょう。

黒川温泉躍進のキーポイントは自然の中に溶け込むような露天風呂だったことが本からわかりますが、他にも温泉はどうあるべきか、植木の庭と自然の庭との違い、おもてなしの極意等々興味深い話が満載。流石、黒川温泉を全国区に押し上げた人物の言い分だと感心する次第です。

また、本の表紙画像をネットでゲットした時、本の帯が「勝負は、お客さんが宿の駐車場に着いた時。・・・」とあるのを知りました(中古本には帯がなかった)。最初の印象が悪かったら料理では挽回できないとのこと。これも数ある名文句の1つ。私達夫婦の経験に照らしても、これは当たっているなぁと至極納得。

本の対談は1999年と2004年(第五章)の2回。黒川温泉が全国区になり始め、一方で隣の湯布院(由布院)の温泉ブームが下火になりかけてきた頃でしょうか。本文中にはどことかの温泉はダメだ云々の話がストレートに出てきますから、関係者からすれば読んで欲しくないイヤな本かもしれません(本は絶版らしく、現在は中古でのみ入手可能)。

バブルが弾けた1990年代以降、団体旅行から少人数のグループ旅行や個人旅行に替わったきたのはご存じの通り。一方で、施設は古民家風やら和モダン、そしてデザイナーズ旅館といろいろ登場し、どちらかというと高級志向へ。でも、温泉と云いつつ循環ろ過+塩素消毒タイプが増え、まるで温水プールのオンパレードになり、源泉掛け流しのホンマモノを求めるのはなかなか難しくなってきました。

料理も全国どこでも同じ雰囲気になってきたのは気になるところだし、ソフトである接遇サービスも効率主義的な考え方で内容が疎かになってきた所も少なくない。

黒川温泉の現在を作り上げた後藤さんの説明の中で、お客の話に聴き耳を立て、お客が何を求めているのか熟考した話が何度も登場しますが、現在こそ、そういう客目線の原点に戻って温泉宿とは何かを考えて欲しいと強く願う次第です。温泉好きの人、温泉に関心のある人ならどこかで見つけて是非ご一読下さい。なるほどと思う話満載です。