赤い橋を渡ると何処へ

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浅川マキさんの「赤い橋」。この歌をこちらが最初に聴いたのは中学生の終わり頃だったか高校Ⅰ年生の頃だったか。つい昨日、五木寛之さんがこの「赤い橋」を取り上げながら彼女との思い出を語った話を読みました。

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先日「此岸と彼岸」というタイトルで写真を一枚アップしたら、連れ合いから「此岸(しがん)なんて普通使う? そんなのを使う人ってホンマにいるの?」等と云われてしまいました。たしかに日常的な言葉としては稀でしょうが私はよく使います。

その此岸、一昨日前に読んだ婦人公論.jpにも出ていました。書いたのは五木寛之さん、浅川マキさんとの思い出に触れたエッセーの中で登場。「ほら、出ているやんか」と家人にそのURLを提示したら、作家の五木さんだから使うのであって、普通の人は使わないと抗弁です(笑)。

さて、そのエッセー。作家の五木氏が浅川マキさんの「赤い橋」を導入に使いながら、金沢での思い出を語っています。取り上げられた歌の中で登場する赤い橋とは、一度渡れば戻れない、つまり此岸と彼岸との境界にある橋のこと。

当時、五木さんは芸能活動や作家活動を自身の意に反して進めると、元には戻れなくなるのではないかと不安に感じていました。浅川マキさんも同じような不安を抱いていたらしい。

曰く、「彼女が無名のころ、一瞬だけ彼女と言葉をかわしたことがあった」とのこと。当時住んでいた金沢の家にひょっこり彼女が西瓜を抱えて訪れたそうな。その時のやりとりはエッセーを参照していただくとして、自分の意に沿わない音楽活動を続けていくのかどうか悩んでいたマキさんに、同じく作家活動を本格的に進めるのかどうか悩んだ経験がある五木氏との間になされた会話がひょうひょうとして面白い。

云うまでもなく、橋を渡る、あるいは河を渡るというのは重大な決断をするという喩え。シーザー(カエサル)のルビコン川が典型例です。でも、その橋に色がついているのかどうか。そういう意味では、浅川さんの赤い橋は映像的に尚更印象的ではないでしょうか。

神社の鳥居などが赤色(朱色)なのも結界表示かもしれませんが、「赤い橋」の赤とは違うような気がします。そんなことを考えていると、10代の頃の不安な気分や日々のもどかしさを思い起こしたところです。