糖尿列島

.Books&DVD… .Lowcarboあるいは糖質制限

糖尿列島―「10人に1人の病」の黙示録 (角川文庫)『糖尿列島 』は1991年に単行本として登場(文庫本は96年)。著者は当時朝日新聞記者だった鴨志田恵一さん。この本を読むと、当時糖尿病患者がいかに苦しんできたのか、よくわかります。

ただ、この本の上梓から22年経つ間に糖質制限というコントロール方法が登場し、糖尿病をめぐる状況は全く様変わりしました。その糖質制限を米国や英国の糖尿病学会は治療の1つと認定したのに、日本では未だに知らん顔。それどころか、糖尿病の専門医という看板をつけた人たちがNHKや新聞等で普及の足を引っ張りまくっています。なぜそんなことになったのか、この国はどこで道を誤ったのか、この本を読みながらちょっと考えてみました。

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時を遡り、1980年代後半にあなたが立ち戻り、不幸にも糖尿病だと診断されたとしましょう。暗樽たる気持ちになる人がほとんどではないでしょうか。鴨志田さんも「一巻の終わり」だと感じました。当時糖尿病になるというのは不治の病に罹るということであり、世間も哀れみのまなざしを向けています。

おまけにカロリー制限の食事療法はなかなか難しい。それでも鴨志田氏はなんとかを切り抜けるのですが、「食わない飲まないという行為は精神を歪める」と途中で緊張が解けて禁を破ってしまいます。抑制食ではどうしても無理があるのは当然でしょう。それでも再度抑制食を再開できたのは鴨志田氏の意思力が人並み以上だったということではないでしょうか。

この本では3割の人が厳しい食事制限を守れるという医者の話を紹介していますが、最近の統計では5%程度しか守れないというのもあります。つまり、20人に1人しか実行できない方法だというわけ。また、厳しい抑制生活を行っても、それは症状を悪化させずに寿命を延ばすことを期待しているだけで、なかなか明るい未来は描けなません。本ではその体験の経緯を詳しく紹介しています。

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さて、鴨志田さんがお書きになった糖尿病をめぐる状況は今日どうなっているでしょうか。当時と今の違いは何か。大きく2つあります。

まず、糖尿病の広がりが圧倒的に大きくなったこと。この22年間に潜在的な糖尿病患者は40歳以上の成人でいえば3人に1人という状況に変貌しています。なぜそんなことになってしまったのか。糖尿病に対する警戒心がこの23年間にほとんど育成されず、一方で糖質を過剰に摂る食生活が当時よりも余計に浸透してきたからではないでしょうか。要するに、甘いものや麺などの炭水化物の摂りすぎ、甘い味付けの定着化です。

2番目の違いは糖質制限の登場です。これは明るい変化。先の本でも書かれている通り、22年前に糖尿病だと診断された人はお酒も飲めず、厳しい食事制限を強いられ、また行ったからといって糖尿病が好転するわけではありません。

ところが、糖質制限では糖質の多いご飯、パン、麺類などを口に入れないように注意すれば、お肉やお魚には制限ありません。糖質を含まない焼酎や蒸留酒は問題ありませんし、細かなカロリー計算も要りませんから、実行可能性は著しく高くなります。糖質制限が本のカタチで登場してからまだ8年程度ですが、文献では8割以上が実行できるという報告があり、かつ、糖質制限で血糖値が改善できた人が続出していることから考えると(私もその一人)、従来の厳しい食事制限との差は明らかです。もう「一巻の終わり」ではないのです。

ところが、日本の糖尿病医学はいまだに実行困難な従来型食事制限を中心に据えるだけで、患者さんがなぜ実行できないかという点に注意を払いません。むしろ、医者と栄養士と関連業界の権益を肥大化するだけで、糖質制限という新しい動きに鈍感になったのではないかと私は訝しみます。

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さてネットでググると、鴨志田さんは今でも自分の実践例に基づいた糖尿病関係の講演をしているらしい。でも、氏は糖質制限のことをご存じなんでしょうか。

おやじダイエット部の奇跡 「糖質制限」で平均22kg減を叩き出した中年男たちの物語なぜこんなことを云うといえば、彼の主治医が久保明さん(当時、高輪メディカルクリニック)だったから。久保さんといえば、糖質制限に否定的な論客の1人で、昨年京都国際会議場で開催された「糖尿病治療に低炭水化物食は是か非か」(日本病態栄養学会第15回年次総会)で非側の討論者として出席しています。

その席上、糖質制限を薦める江部医師に対し、久保医師は糖質制限の有効性を認めたものの、長期的影響に問題ありと解説。ところが、彼が根拠に上げた論文はすべて内容に問題があったり、利益関係者がスポンサーについたモノであることが江部さんから鋭く指摘され、何ら反論できませんでした。要するに非側は根拠を論破されてしまったわけ。詳しくは桐山秀樹さんの著書に詳しく載っていますので、興味のある人は是非どうぞ。

『糖尿列島』の解説はその久保さんがわざわざ書き記していますし、鴨志田氏からすれば久保医師は命の恩人のような存在です。また、従来の食事療法を何とかこなした氏にとっては、糖質制限を知ったとところで余計な話になるのかもしれません。

でも、既に時代は変わりました。彼が体験した苦労はもう必要ありません。いまだに多くの人が挫折するような治療方法の克服を鴨志田さんが売りにしているのなら、利権にまみれた従来型治療の代弁者でしかありません。そのことに注意しておけば、20数年前の糖尿病治療に関する記載として(脳は血糖しか使えない等という専門医の間違った知識も含めて)、この本は面白い内容だと私は考えます。

sbux1303