ICRP勧告の経緯と問題 そして アラーラ

.opinion 3.11

ICRP(国際放射線防護委員会)の勧告基準の経過について。その中で登場するのが被曝線量基準を表す原則のALARA。以下、ICRP基準が科学ではなく政治であることを明らかにしましょう。

ALARA とは、as low as reasonably achievable の頭文字をとってALARA。アララとかアラーラと読みます。意味は、「合理的に達成できる限り低く」で、ICRPの放射線被曝の線量限度を示す原則とされています。

何かもっともらしく聞こえますが、要するに、合理的でない限りは低くしなくてもよろしい、ということ。誰にとっての合理的かというと、国際原子力共同体(コクサイゲンシリョクムラ)つまり被曝を強制する側にとってであって、一般人ではないようです。また、合理的というのは被曝対策の費用などを勘案して、という意味でお金に関する話です。このことは後でまた説明します。

じゃ、具体的に説明していきましょう。まず、ICRP(国際放射線防護委員会)が勧告した被曝線量の限度を古いものから順に並べると、以下の通り。

(中川保雄「放射線被曝の歴史」(技術と人間 1990)から抜粋)

ここで、100rem(レム)は1Sv(シーベルト)なので、たとえば1990年の公衆の線量限度の0.1remとは1mSv(ミリシーベルト)。ご存じの、現在の被曝線量基準です。

上の表からみればわかるように、放射線の被曝限度はだんだん厳しくなってきました。当初ICRPは公衆(一般人)に対する被曝限度は考えていませんでしたが、1958年勧告から登場し、1990年勧告で5mSvから1mSvと大幅に厳しくなっています。

でも、この90年改訂は、ICRPが私たちの健康を気にかけてくれるようになったからではありません。1986年に広島長崎の原爆による被曝線量が、それまで考えられていたよりかなり低いことが判明したので、それに基づき被曝線量を見直さないと辻褄が合わなくなったのです。つまり、低い被曝線量で被害が出たことが判明したので、基準を低くせざるをえなかった、というわけ(先日説明した通り)。ところが、ICRPは転んでもただでは起き上がりませんでした。

本来なら10倍ほど基準を厳しくしなければならないところをICRPは半分に値切ったのです。放射線被曝にはしきい値がなく、低線量でも線型関係があるとした上で、でも、明確にはわからないからという理由で(ヒトに対する研究が少ないという理由?)、DDREF(線量・線量率効果係数)を導入し、0.05にすべき基準を0.1とし、2倍にしています。被曝線量の厳格化を嫌った原子力開発派・原発推進派からの要望(巻き返し)を受け入れたのでしょう。

* *

ICRP勧告の欺瞞性は数値だけではありません。線量限度の概念や原則にもそれは明確に現れています。概念の方ははしょるとして、表の右端の原則に注目下さい。

1950年勧告では、「可能な最低レベルまで」被曝を低くすることが原則だったのに、1958年には「実行可能な限り低く」となり(ALAP)、さらに1965年には「容易に達成できる限り低く」(初代ALARA)となっています。1958年以降は基準値は同じでも、簡単にできなければ低くしなくてもよいと後退してしまったわけ。これは実質的な基準の緩和です。

さらに1977年に登場したALARAは1965年と同じALARAでありながら、as low as readily achievable から、as low as reasonably achievable に変更され、もっと骨抜きにされてしまいました。この違いはわかりにくいかもしれませんが、reasonablyというのはお金の話で、金銭的に割が合うかどうかですから、規制当事者あるいは被曝を強制する側からすると都合の良い話。同じアラーラでも大きな違いです。ちょうど私の学生時代だったのでこの改悪変更は良く覚えています。

つまり、現行のICRP勧告基準は被曝対策がお金で評価されるモノであるということ。裏返すと、原子力開発に際してお金がかかるような被曝対応はしなくてもいいよということ。私たちの健康や命をお金で換算し、判断することが可能になったことで、原子力開発を進める側としては実に有り難い基準になりました(私たちにとっては改悪)。コストベネフィット論とかリスクベネフィット論が原子力分野その他で大手を振って登場するのもこの頃からですが、その目的はもう私が説明するまでもありませんね。

以上からわかる通り、ICRPの勧告基準は被曝を強制する側の論理で進められてきたこと。数値をそのまま鵜呑みにするのは被曝を強制される側に甘んじることであると云わざるを得ません。

* * *

さらにもうひとつ。
ICRPの勧告基準は内部被曝を考慮していません。当事者がそう証言しているのですから間違いありません(日本語の説明はこちら。化学物質問題市民研究会の安間さんの翻訳解説です)。先のDDREFの導入や内部被曝への配慮なしを考慮するなら、ICRPが公衆に対して設けた1mSv(上表では0.1rem)そのものに問題があり、その1mSvに依拠した安全性評価では私たちの健康を守るには大きな疑問符がついていることを知っておかなければなりません。

おまけに、今回の東電福一原発事故で、放射線作業従事者には100mSvから250mSvと一気に基準を緩めたり、こどもでも20mSvで問題なしとか言い出したり、国はさらにどんどん基準緩和を行っています。こんな事態は異常で異様です。私たちの健康を脅かす国の所業には、いやだと声を上げていきましょう。