30億ジュール

.Books&DVD…

生物学的文明論 (新潮新書)心拍数15億回の続きです。

本川さんによれば、どんな生き物でも1回の心拍に要するエネルギー(仕事量)は体重1kg当たり2ジュールとのこと。ここから導き出されるものは何か。生き物の存在の有り様や生命の神秘に迫るような気がします。

・・・

先に生き物の心拍数は一生涯でだいたい15億回というのを紹介しました。本川さんによると、心拍数だけでなく腸の蠕動なども同じような関係にあると紹介し、生き物の時間が体重の四分の1乗に比例することを突き止めています。一方、体重当たりのエネルギー量が体重の四分の1乗に反比例することから、この2つを相殺し、1回の心拍のエネルギー消費量は体重あたり2ジュールだと導き出しました。

そうすると、一生涯の心拍数が15億回ですから、それに対応するエネルギーは30億ジュール/kg。1ジュールは約0.24calなので、7.2億calになります。(注1)これはどんな生き物でもいっしょです。

(注1)飲食物のカロリーはCalで、熱力学的のkcal(キロカロリー)のことで、1000倍違います。大文字小文字の違いに注意。栄養学はややこしい。

sarusu14ちょっと簡単な計算をしてみましょう。私たちヒトの心拍数を1分間に60回とすると、1日で86400回。これをエネルギーに換算すると、86400 x 2 x 0.24 = 41472 cal (41.472 kcal) になります。これは体重1kg当たりの仕事量なので、平均体重を60kgとすると約2500カロリー(栄養学カロリー)。これは成人の1日摂取エネルギー量とほぼ同じですから、先の計算の妥当性はまぁ確認できます。

面白いでしょ? ゾウやネズミなどの計測データから導かれた計算がヒトにもあてはまるんですからね〜。最初にこの事実を知った時、しばし目を閉じ、生命の神秘に思いを寄せてしまいました。

だって、ゾウやネズミ、メダカなど何だっていいんですが、ほとんどの生き物とヒトの一生涯の仕事量がいっしょだというのはいったい何を意味するのか? 単なる偶然というにはちょっと出来すぎですから、生命の有り様に何か深遠なものを感じてしまうじゃないですか。引いては、いったい何のために生きているのかという正解のない問いさえ噴き出してきますからね。

こんな凄い発見がなぜ世界的に注目されないのか。DNAの螺旋構造がノーベル賞なら、本川達雄さんの時間概念だって受賞対象ではないのかと私は考えますが、そうはなりません。おそらくキリスト教的な世界観と相反するからでしょう。

識者が指摘するようにユダヤ教やキリスト教、イスラム教にはヒトを基準に時間の概念が一意なため、ネズミとヒトやゾウの持つ時間感覚が違うということがまず認めがたい。多様な時間軸を認めてしまうと、他の生き物とヒトの存在の間の違いが曖昧になってしまうからです。これでは困る人がたくさんいそうです。

極端にいえば、時間の概念が根本的に変わってしまうと、神の解釈や位置づけだって変化しかねません。これは支配層の宗教感覚からすればトンデモハップン、むしろ排除弾圧の対象ではないかと思ったりもします。

しかし、多様な(あるいは多元的な)時間感覚は既に道元などが指摘していました。もちろん実験やデータなどない世界において自らの思索のみでの追求です。本川さんやひろさちやさんの著作を読むとそのことがよくわかります。自身としては道元や釈迦の世界観にこそ分ありと思ってしまいます(仏教といっても日本の葬式仏教はマヤカシだから嫌いです、念のため)。

ところで、道元などの本を読んで本川さんの文明論を思い出してしまった私は迂闊でした。ずっと以前に本川さんの本を読んでいたのに、その意味合いの大きさをきちんと受け止めていませんでした。今頃こんな投稿を書くのは、狭心症であやうく死にかけた経験のゆえ。いつかは死ぬことを知っていても、ある日突然死ぬことの覚悟がなかった自分でしたが、本川本を読んでヒトとして未熟さを痛感してしまいます。

h140812