時刻と時間

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昨年12月からノキアのスマートウォッチを使い始めました。発売前に紹介していたモノです。それまでガーミンのを使っていましたが、ノキアの方はバッテリーの保ちが25日と素晴らしく、睡眠分析もできるし、iPhoneとの連動もガーミンより的確で、私にとってはずっと使い易い。
それよりも面白いのは改めて時刻と時間の違いに気づいたこと。腕時計を使い始めて50年前後になりますが、なぜデジタルな時計に馴染めなかったのか、その理由がはっきり理解できました。

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デジタル時計が世に出てきて早40年以上、いやもう50年近くになるでしょうか。針で時刻を読むのではなく、そのまま数字で表示されるのですからとっても便利・・・と思われるのかもしれません。でも、私には何か違和感がありました。

なぜそんな気持ちになるのか、理由がわかりません。デジタル技術に追いつかないアナログ世代の感覚なのか。それとも新しい技術に馴染めない年寄り的な小言なのか。

今はどこへ行っても時計はあるし、手元のスマホでも時刻はわかるし、わざわざ腕時計をつけていなくても時刻はわかりますから、私は10年位前から腕時計すら装着しなくなりました。それが一昨年前から健康上の理由でリストバンドをつけるようになり、今回ノキアのを使うことで、あぁ私は時刻よりも時間を見ていたんだなぁと改めて気づいたんです。

時刻と時間。前者はtimeで後者はamount of time。つまり、特定の時間軸の中の一点と、時刻と時刻との間の量。どちらもtimeで通じるので、二者の違いをことさら取り上げることがないのが普通ですが、私にとっては大きな違いでした。

ノキアはスマートウォッチですから、電話がかかってきたら震動し、小さな液晶にその旨が出てきたり、歩数や心拍数などの計測結果を表示することができます。でも、時計としてはアナログの針表示(ボタンを押せば液晶表示も出るので夜間や暗い処でも時刻はわかります)。

数日使っていると、昔の時間感覚が蘇ってきました。あれっ、この感じって何だろう、なぜこんなに気分が馴染むんだろうかと考えてみると、あることに気づきました。私が見ているのは時間であって、必ずしも時刻というスポット的なものではなかった、ということだったのです。

たとえば、いま10時10分という時刻だったとしましょうか。10時40分に出かける用事があるとすると、私の頭の中に浮かぶのはあと180度の猶予がある、という時間感覚なのです。要するに私自身は時刻だけでなく時間(量)をアナログ時計から読み取っていたというわけです。

あと90度分だけ(15分間)別のことができるとか、あと60度(10分間)で目的地に辿り着かなければならないとか、そんな時間感覚がいつのまにか自分に根付いていたわけで、この角度(量)の把握がデジタル時計ではできないので違和感を感じていたのではないか、というのが私の結論。

アナログ時計の発する情報は単に時刻ではなかった・・・。ストレートな便利さは私にとっては自分の行動規範になっていたモノを失わせていたというのが何か面白いなぁ。ずっと引っかかっていた長年の謎を解いた気分になった次第です。