Vivaldi

先日、映画「ヴィヴァルディと私」を観ました。舞台はベネチア、時代は1716年。ヴィヴァルディで一番有名なのは「四季」、その誕生につながる話が叙情的に描かれているところがなかなか。

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先日ある音楽史の本を読むと、スタートはバッハ。あんれ~ヴィヴァルディはどこにいったのかしらん。そう思って調べてみると、ヴィヴァルディ(1674~1741)の名前と作品が一般に知られるようになったのは19世紀の終わりから20世紀になってかららしい。バッハは死後100年近く忘れられていましたが、ヴィヴァルディは200年以上歴史の彼方でした。有名無名とはそんなもの、現世に縛られてはいけません(余談でした)。

さて映画は、ベネチアにある某修道院が舞台。そこに音楽監督でやってきたアントニオ・ヴィヴァルディとヴィオリン奏者の女性を中心に話が進みます。

私が知らなかったのは、当時誰が器楽演奏家だったのか、ということ。今なら子どもの頃からピアノやヴィオリンを習うというのがありますが、当時の演奏家というのは一部の貴族を除けば、修道院の孤児たちでした。

身寄りのない、あるいは何らかの事情で親が手放した孤児たちを修道院が引き受け、楽器の演奏を学ばせ、音楽の才能のある孤児を集めて楽団を作り、修道院で演奏したり出張演奏をすることで修道院の収入にしていたらしい。音楽の才能のない孤児は、炊事・洗濯・掃除や手工芸品の制作で修道院を支えたとのこと。

お金持ちの男性の目に留まった孤児を男性と結婚させる(後妻にさせる)ことで修道院がお金を得ていたことも映画の中で出てきます。このことが本映画では重要ポイントになりますが、それは見てのお楽しみ。

なかなか見応えのある映画です。既に終演しているので、興味のある方は後日ネットかDVDでご覧下さい。

ヴィヴァルディの「四季」といえば、こちら20年前ベネチアの某教会で聴いた記憶あり。でも観光客相手の演奏だったのか、イムジチ等のプロ演奏とは大違い。その時はなぜベネチアで「四季」なのか不明でしたが、ヴィヴァルディはベネチアの修道院に勤めていたことを今回知り、やっと話が繋がりました(笑)。

ところでイタリアで有名なオーケストラはサンタ・チェチーリア国立アカデミー交響楽団(昨年Luzernで聴きました)、著名な音楽学校はサンタ・チェチ一リア学園。どちらも3世紀の聖女の名前がついているのですが、映画の主人公の名がチェチリアなのは含蓄あり。

チェチーリアは英語ではセシリアと知り、S&Gの「いとしのセシリア」を思い出しました。つい先日Apple Musicで聴いたばかり。この歌のセシリアも聖チェチーリアのことらしい。こんな風にどんどん話が繋がっていくのがいつもながら面白い。