
- 1956年 小倉で生まれる。 小中高は福岡市。
- 1975年 大学入学で京都 へ移り住む
- 1980年 米国カリフォルニア州の水再生利用調査(毛管浄化研究会)
- 1981年 大学院修了後、大阪府水道部入庁
- 1985年 結婚
- 1988年 ヨーロッパ視察
- 1990年 大阪府辞職してフリーランス の研究者
- 1996年 「あぶない水道水」(三一新書)
- 1997年 「あぶないプール」(三一新書)
- 1999年 前年設計、建築に10ヶ月以上かけた自宅を建築
- 2004年 地元の巨大産廃処理場に反対し町長選に立候補、落選。
- 2006年 狭心症で冠動脈にステント留置
- 2012年 低炭水化物食(糖質制限)開始
- 2017年 2018年 2度目3度目のステント
- 2022年~ 連れ合いの退職で時間ができたので、内外の音楽鑑賞など旅行三昧。
書籍などのうしろに著者略歴みたいのがあります。小さい頃、あれは誰が書いているのかと思っていました。自分が本を出すにあたり出版社の担当に尋ねると「自分で書くんですよ」とのこと。文豪や政治家なら秘書や編集者が書くのかもしれませんが、一般人なら自分でということらしい。
アーティストなら受賞歴が列記されるだろうし、研究者ならやはり学歴は外せないところ。博士号を付記する人もいるくらいです。要するに本の後書きにあるのは自作自演の自己宣伝。そう聞くと何でも自由に書けるなぁと何だか安心。
それはさておき、履歴 Personal history とはいったい何か。本来その人の人生を反映させるものであるはずなのに、世間には肩書や勤務先を重視する人が多いため職歴や学歴の方がどうしても重視されがちになります。
実際、30年前本サイト arita.comを公開し取材などを受けようとすると毎回聞かれるのが学歴や職歴。どこの馬の骨なのかが気になるというわけでしょうが、繰り返し説明するのが面倒なので先のAReco Note 19では細かく列記していました。それも今は昔。
学歴職歴が問題となる界隈以外で生きていると、そういうのはまるで退役軍人の胸についている勲章やワッペンに見えてしまいます。
いくら高い学歴があっても学びを止めてしまえばそこでオシマイ。また、いくら立派な肩書きがあっても社会的人間的に信頼できるかどうかは全く別。それよりも、どんな人生を送ってきたか、どんな経験があるのか、あるいはどんな病歴があるか、友人関係はどうか、そんなことがその人物のよりよい理解に繋がるのではないでしょうか。
私の場合、狭心症でヤバい状態になってからここ20年間健康が全ての基本。ステントで冠動脈を拡張して以来、2度目3度目のステント留置を繰り返し、一方で血糖値の変化に注目し、低炭水化物食(糖質制限)を採用し毎日の食べ物・食べ方に注意しているところです。だからそれらは履歴項目の最重要説明部分。
ということで、また少し書き換えてみました。今後はどんな履歴が加わることでしょうか。何年か後の書き換えが楽しみです。