埼玉プール事故:消された安全指針

プール事故

ふじみ野市大井プールの事件で、メディア報道のみならず、インターネットの世界でもプール吸水口の問題が大きく取り上げられています。いろいろな意見や考え方があるのは当然ですが、ライフセーバーの監視員がいれば事故は防げたかのようなまとめは論外。それとは別に少し気になったこともありました。
それは本件プールは1986年に旧大井町がオープンしたもので、当時まだ吸排水口の危険性がそれほど一般的ではなかったとか、90年代後半以降に国が出してきた通知以前のプールだ(だから、安全に問題があっても仕方なかったということ?そんなバカな!)等というものです。吸排水口問題の経緯を少し整理しておきましょう。…

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私が「あぶないプール」を執筆した時、過去の事故例を調べていた時に見つけた文献のひとつに斎藤浩氏(当時、文部省体育局)が月刊「スクールサイエンス」(1976年10月号)にお書きになったものがあります。「水泳プールにおける事故原因はこれだ」というものです。

その中で斎藤氏は昭和48年愛知県と昭和43年京都府での排水口事故を取り上げ、問題点を整理しています。つまり、少なくともこの時点で国(文部省)は問題に気づき、何らかの対策をしなければならないと思っていたわけで、昔はそんな問題はなかったとか、問題は一般的には知られていなかった等という人は、(プール関係者であれば)、無知をさらけ出しているのか、それとも責任回避の言い逃れをしているだけでしょう。

その後、国の監修協力で「水泳プールの管理の実際」(プールの維持管理に関する委員会 編 ぎょうせい 1978)という安全指針のようなものが出版されました。そこには、米国のニューヨーク市の規程を引きながら、(吸)排水口*の個数と配置についての注意を喚起しています。また、(吸)排水口には人間が吸い付けられないような構造とし、穴明き鋼板の場合にはその穴のサイズを13ミリ以下とし、穴面積合計は接続される(吸排水)管断面積の4倍以上、流水の通過速度は0.6m/s以下とする…と記されています(他にも有りですが省略)。

*この文献でも排水口となっていますが、一応(吸)排水口とここでは記しました。

つまり今から28年前に遊泳プールの吸排水口の危険性が認識され、その対応策について具体的な指針があった。したがって、ふじみ野市のプールの建設が20年前だから、吸水口の安全対策に不備があるのも仕方がないという議論は成り立ちません(きっぱり)。流水プールの設計施工にあたって、プール関係者なら当然知っておくべきことを無視し、格好だけのモノを作ったというだけでしょう。

ところが厄介なことに、先の数値基準まで示した安全指針が、現在の「水泳プール管理マニュアル」(ビル管理教育センター1992 現在はJPAA発行)では消えてしまっています。こちらには、

……網や格子状のものを容易にはずれないように堅固に取り付け、また、排水時や循環ろ過時の流速があまり速くならないような大きさにするなど、入泳者や管理者が吸い込まれることがないような構造にしなければならない……

とありますが、先の数値基準はどこへやら。なぜ、数値基準が消えたのかは私にはわかりません。でも、抽象論では実際のプール設計はできません。この曖昧な文言は、現在のプール管理者たちの認識の低さがそのまま反映されています。これでは危険性は払拭できず、20年前よりも最近作ったプールの方が、ずっとあぶないのかもしれません。
だって、吸排水口対策については具体的な技術的指針もないのですから。94年95年と学校プールでの吸い込み死亡事件が続いたことで、文部省がフタの固定や吸い込み防止金具の通知を出し注意を喚起してきましたが、それはずっと後の話。96年以前には、安全対策を指摘する話はなかった等というのは大きな誤りです。

繰り返しましょう。
「問題のプールは1986年に旧大井町がオープンしたもので、当時まだ吸排水口の危険性がそれほど一般的ではなかった」というのは誤った考え方です。もし、当時(吸)排水口の危険性を知らずに、旧大井町がプール施設を発注し、設計施工業者もそのことに注意を払っていなかったのなら、今回の事件は予想(予定?)された出来事であり、その責任はきわめて重いものだと云わざるを得ません。

そして、28年前の数値基準が現在のマニュアル・指針から消え去ってしまった現在、同じ危険性は広範に広がっていると考えなければなりません。