Q10その3 売却 

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ume325bQ10はなかなか面白い、シネレンズを使ってみたい等と先日書いておいて、すぐに売却してしまうとは何事か。そんな誹りを受けるかもしれませんが、先日北野天満宮にGXR+Summicron50とQ10+標準ズームの2つを持ち出してあれこれ撮ったところ、写りの違いに唖然としてしまい、手放すことになった次第です。

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いえいえ、Q10が悪いと云うわけじゃないんです。コンパクトで軽いので機動性は大、それなりに写ります。でも、何かしっくりこない。たまたまGXR+ Summicron50と同じシーンを撮り比べてみると…、やっぱりSummicronの写りの方が自分の好みです。そして、この違いは埋められないな〜と確信してしまいました。

PENTAXに限らず、国産レンズの解像度(解像感)はそれなりに高く、NIKONなんかはよく写るといった方がいいかもしれません。でも、よく写るだけでいいのなら、カメラの順位は一意に決まってしまいます(苦笑)。

日本のレンズはツァイスの設計をベースに発展してきました。なぜツァイスかというと、大砲や銃のスコープ製造には、よく写る、はっきり写るレンズこそが必要ということで、ニコンをはじめとした日本メーカーの出発点だったからです。そこには階調が深いとか、見たもののバランスをどうとるか、あるいはアートなレンズなんてのは及びではありません。

Q10も撮像素子のサイズが小さいことを横に置けば、日本カメラの伝統を受け継ぎ、よく写るレンズを持つカメラでしょう。使ってみてそう思いました。

ところが、そのQ10写真と同じシーンを、ほぼ同じ絞りシャッター速度で撮ったGXR+Summicronとを較べてみると、大雑把に云えば前者は平面的、後者は立体的。この方面に詳しくない連れ合いから見ても、私の印象とほぼ同じです。

いくらデジタル処理で輪郭をくっきりさせても、階調度が少なければ立体感はもう一つ。おそらくこれが、Q10に対し私がしっくり来なかった理由です。Q10レンズをLeicaのSummicronと較べるのは酷かもしれませんが、違うものは違う。

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よく写るというのはどういうことか。色彩を正確に再現したり、画面の端から端まで同じように写るということなのか、それとも見た時の印象を浮き立たせてくれるということなのか。何に重きを置くかで人それぞれでしょうが、ここにカメラやレンズの特性が大きく影響してきます。

私たちの目はいったい何を見ているのか。眼前の景色を端から端まで同じ重みで見ているのでしょうか。違うでしょう? 意図的なパンフォーカスは別として、自分が関心のある部分と周囲では見え方は違いませんか。そう考えると、画面の端から端までくっきり写るレンズやカメラというモノはちょっと変です。特定の数値特性だけで「よく写るカメラやレンズ」を論じるのに違和感を感じるのはまさにその点です。だって、見るというのは物理的生理的な反応プラス脳の働きじゃないですか。

まぁ好みの問題と云ってしまえば、それでオシマイ。でも、人生短し、カメラは多し・・・で、好みでもないカメラやレンズに拘泥するのは人生のロスだと考え、Q10とそのレンズをすべて売却してしまいました。決してQ10が憎いわけじゃありません。縁がなかっただけです(笑)。

幸い、中古屋さんへ売却することで約半分の資金回収ができました。差引分は、相性チェックの勉強代。その代わりにまたレンズを購入。それが、シュナイダー・クナイツナッハ製のXenon(クセノン)50mm/F2.0です(続く。この稿にある2枚の写真はXenon 50mm/F2.0にて撮影)。

nanohana325