イワタニ その1

3.11

先月5日、読売新聞関西版に岩谷産業の意見広告が出ました。題して、「電力危機が招く経済的、社会的影響は深刻です」。関西電力大飯原発を再稼働させるかどうかの瀬戸際に登場した言い分ですが、中身を見ると単なる推進よりもタチが悪い。イワタニの言い分をチェックしてみましょう。

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岩谷産業(イワタニ)は、カセットボンベなどでよく知られています。地震などの後、電気やガスがない時期に簡単に火を使うことができるので災害対策用としても重宝する製品です。そのイワタニがなぜ原発再稼働を意見表明しなければならないのか。不審に思った人が多かったのではないでしょうか。

問題のイワタニの意見広告は右の通り(クリックすれば拡大できます。出典はネットの某サイト
ちょっと読みにくいのですが、これを活字にすると以下の通り。

タイトル: 電力危機が招く経済的、社会的影響は深刻です

日本のエネルギー政策における電力の役割は重要

暮らしと産業を支え、私たちの日常と切っても切れない関係にあるエネルギー。人類の明日を築き、未来を開くための命の源とも言うべき日本のエネルギーが、今危機に瀕しています。未曾有の震災と津波の脅威は、人々の命の営みのあり方そのものに大きな問題を投げかけました。そして我々はエネルギー政策の根幹に関わる重大な岐路に立たされています。叡智を結集し、一日も早く再生可能エネルギーによる循環型社会を実現すべきであることは、国民共通の思いであり、言をまちません。しかし、現在の危機を直視した時、景気の悪化、産業の空洞化など、原子力発電の停止による日本の深刻な電力不足は、わが国の産業に重大かつ深刻な問題を突きつけ、大きな影を落としています。
原子力発電への依存度は、わが国の近隣諸国をはじめ、世界の趨勢として日を追うごとに高まりつつあります。国際的に資源の争奪が激化する中、エネルギー自給が困難なわが国こそ、自らが勇気をもって、永年に亘り蓄積した原子力に関わる高度な技術力で、原子力発電の安全性の維持と向上に貢献するリーダー的役割を果たすべきではないでしょうか。 国内電力の3割を担う原子力発電の全面停止は、生産活動の減少や消費の冷え込みなど、国民生活に大きな打撃を与えるばかりでなく、わが国の科学技術の衰退、国際競争力の低下を招きます。
今こそ冷静に現実と向き合い、原子力発電の安全性を高めた上で、安全が確認された原子力発電所を速やかに稼働させ、これを活用しながら、段階的に再生可能エネルギーへの移行を図っていく、そんな道をみんなで考えなければならない…。
分散型で災害に強いと言われるLPガス、水から生まれ、酸素と反応して再び水に還る、「究極のクリーンエネルギー・水素ガス」に、半世紀も前から取り組み、環境負荷のより小さな低炭素社会の実現を目指す、イワタニは、そんな思いでこの夏を迎えます。

岩谷産業株式会社 社長 牧野明次

牧野社長の言い分の要点を整理すると、

  1. 日本のエネルギーが今危機に瀕している。原発の停止による深刻な電力不足はわが国の産業に重大かつ深刻な問題。
  2. この国の原発への依存度は高く、原発の全面停止は生産活動の減少や消費の冷え込みとなり、「科学技術の衰退、国際競争力の低下」を招くことになる。
  3. したがって、原発の安全性を高めた上で再稼働させ活用させながら、「段階的に再生可能エネルギーへの移行を図っていく」道を考えなければならない。
  4. 「究極のクリーンエネルギー・水素ガス」に半世紀も前から取り組んできたイワタニは原発再稼働を期待して今夏を迎える。

というところでしょうか。

内容にはいろいろ問題がありますが、一番の問題は東電福一原発の大事故について、全く言及していないこと。大事故を起こして放射能をまき散らした原発の問題を無視した議論は、最初から的はずれです。その上、電力問題の取り上げ方が電力会社や国の言い分そのまま。3.11事故が起こるまで、原発の比重を高めるために、火力・水力発電などをなるべく休止してきた経緯、太陽光発電・地熱発電・廃用熱発電などのエコエネルギー開発を抑制してきた経緯など、本来なら問題とすべき点がすべて無視されています。

「安全な原発」など、地震国・日本には存在しません。「政府が安全と言ったから、安全なはず」という安易な考えではダメだということは、政府が安全のお墨付きを出していた福島第一原発が大事故を起こしたことで、すでに証明されています。「究極のクリーンエネルギー・水素ガス」に半世紀も前から取り組んできたことをイワタニが自慢するのなら、「究極のダーティエネルギー・原子力発電」のお先棒を担ぐのは止めた方がいいでしょう。

しかし、それよりも何よりもダメなのは、3.11の原発事故被災者のことがどこにも配慮されていないこと。まさしく『被曝を強制する側』の意見にしか過ぎないという点です。東電原発事故で家や土地を奪われ、あるいは一家ばらばらにされてしまった人たちに向かって、安全な原発から動かしながら水素型社会を作っていこうなんてアコギなことを云えるのでしょうか。自分の会社がうまくいけば、被害者のことなんかどうでもいいというのと同じように聞こえてしまうのではないでしょうか。

でも、イワタニはただ、原発電気がないと困る、生活にも産業にも困る等としてしまいました。停電なる言い分が電力会社の脅しであるにもかかわらず、あまりに底の浅い見解であることよ!

原発を活用しながら水素型社会を目指していくという会社の姿勢は、要するにイワタニにとって原発は危険なものではないと云うのと同じで、イワタニの目指す水素型社会とは原発寄生型社会だと表明するようなもの。これでは原発事故被災者は浮かばれません。原発に胡散臭さを感じる人たちからイワタニ不買となっても当然。被災者や反原発・脱原発な人だけでなく、原発に不安を感じる人まで敵に回したのではないでしょうか。

〔続く)