MSDSではほとんどわからない

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 ある製品の危険性を調べる時に、MSDS(製品安全性シート)を参照すればよいという話があります。MSDSとは、製造メーカーがそれぞれの製品についての安全性について整理した書類のことですが、このMSDSを手に入れても何のことだかチンプンカンプンになった人は多いのではないでしょうか。MSDSで説明する内容と設計者や消費者が知りたい内容とが乖離しているからだと私は思います。

もともとMSDSとは、製品内容やその有害性、毒性情報、使用時の注意等を記した書類ですが、どちらかというとその製品を使って新たに製品を作る他のメーカーや使用時の作業環境の安全性に焦点を絞っているので、必ずしも最終消費者の健康や安全性を考慮したものではありません。まず、このギャップが大。

 次に、危険性や毒性の取り上げ方・捉え方に一般的な規則がないので、ある会社のMSDSでは載っていても別の会社では不問にしているものもあります。とくに合成樹脂の取扱いに関しては各社バラバラ。昨今シックハウス問題で有名になったホルムアルデヒドは接着剤や樹脂の含有成分になっており、この物質が単独で使用されることはないのですが、その実態をチェックしようとしてもほとんどわかりません。また、発ガン性物質、発がん物質に関しても、まずMSDSでは登場しません。MSDSで問題にしているのは作業時の吸入障害や皮膚障害と急性毒性、それに慢性毒性の一部程度でしかないからです。これでは、最終消費者がその製品の危険性を居住の実態に則して調べようとしても無理。
 ただ、会社毎に情報開示のレベルが違うので、相手の会社による安全問題への取り組みの意気込みを知ることはできますし、含有物質分類や製品名からアタリをつけて、最終的な製品の安全性を予想することは(化学物質の知識がある者にとっては)ある程度可能です。しかし、これは一般的ではありませんね。
もちろん、製造会社にも言い分があります。細かい成分や樹脂名なんかを書くのは「企業秘密」を公開するようなものでやりたくない。安全だと言っているから安全なんだ。消費者があれこれ心配する必要はない・・・。どれもここ1年間に私が聞いたセリフです。つまり、最終消費者の健康や安全性とは真っ向から対立しているわけで、こういう会社の製品を使うとどうなるかは神のみぞ知るというべきでしょうか。逆にここまで健康や安全性については考慮した。しかし、そこから先はまだはっきりとはわからないと明快な答を下さったメーカーもありましたので、メーカーのスタンスの違いで製品の情報開示はバラバラであるのが実態でしょうか。こういう場合、消費者は製品内容が不明で怪しいものは使わないという態度で望むのが得策だと私は考えます。

具体例をあげておきましょう。当初、拙宅では床高を調整する床づかに伝統的な木製束を使う予定で設計をあげていましたが、作業の簡便性を考慮し、ナイロン製のプラヅカを使おうと工務店と相談しました。工務店の返事では、その場合、ベタ基礎とプラヅカを接着剤(コンクリートボンド)で固定しなければならない、その接着剤は(健康に)大丈夫でしょうかというものでした。実は、工事仕様書で「接着剤を使う場合は施主と工事業者で協議の上決定する」と決めていたので工務店がきちんと協議を申し出てきたというわけです。早速調べてみました。
工務店が使いたいと申し出てきたのはフクビ化学の製品でした。ここの「スーパーPダイン」という接着剤について有害物質情報を知りたいという申し出に、フクビ化学が出してきたMSDSには「合成ゴム系接着剤」とだけしかありませんし、記載されている有害性情報は溶剤のトルエン、ヘキサンについてのものだけ。別にいただいた成分表には主成分として「合成ゴム・合成樹脂」とあり、溶剤にもアセトンが入っているのが判明。再度電話をして合成樹脂とは何かを確認したのですが、「企業秘密」ということで教えてもらえませんでした。合成ゴムの内容も不明ですし、樹脂の名前もなしでは安全性が評価できないとクレームしても、それ以上の情報は全く出てきません。
これでは困るので、競合メーカーの城東化学の方にも確認してみました。こちらは「つかボンド」というエラストマー系接着剤を使うと記されています。要するに、これも合成ゴムの接着剤。しかし、こちらは「ポリウレタン系」であることを明記しているだけでなく、使っている小西ボンドの製品番号まで教えて下さいました。もちろん、こちらも作業時の溶剤等の揮発性成分の有害性は先のフクビ化学のものと同じと考えなければなりませんし、ウレタン系ですからイソシアネートモノマーの有害性を考慮すべきですが、城東化学のMSDSには「労働基準局長通達において変異原性がみとめられるため、労働者への曝露を低減するための措置を高じる必要があるとされる行政指導の対象物質に指定されている」と書かれている下りがそれに該当する部分ではないかと想像します。はっきりした記載はないけど、樹脂名や製品情報を公開しているために外部の者が危険性有害性をある程度把握できるというのが有り難い。
 実際のところ、どちらがより安全かはこれだけではわかりません。床下の接着剤まで気にするのも考えすぎだとの意見もあるでしょう。しかし、居住者だけでなく作業者の健康問題まで視野に入れて考えるというのが、うちの住宅建築コンセプトの大きな柱なので譲れません。結果、「情報開示」の姿勢と危険性の把握ができるという意味において城東化学の製品を選びたいと考えたので、工務店にお願いし了承してもらいました。さて、あなたならどちらを選びますか?