2回目のBösendorfer

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今年2回目、またBösendorfer(という文字)に遭遇。今度は金沢21世紀美術館の案内でした。

金沢21世紀美術館には1962年製のベーゼンドルファーがあるらしい。そのピアノがオーバーホールされ蘇ったとかで、クリスマスにそのピアノをフューチャリングした音楽会を開催するそうです。12月23日(金)の第一夜は平井真美子さん、25日(日)の第二夜が山下洋輔さん

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先日京都の青山音楽堂で聴いたベーゼンドルファーについて、主催者でチェリストであるD氏に連れ合いが尋ねたら、会場にはスタインウェーがあるのだけどピアニストがべーゼンを選んだとのこと。

あの時上演された3曲はそれぞれ異なるピアニストが弾いたのですが、目をつぶって聴いていると全く違ったピアノに聴こえました。ある人は固く勢いのある音色を出し、2番手のピアニストは柔らかく小川の流れのような表現でしたし、3人目は力強く、かつ撓るような弾力や艶を感じさせました。同じピアノであれだけ音色が変わるとはびっくり。

D氏曰く、一般にスタインウェーの方がポピュラーなのかもしれないが、自分はべーゼンの方が好みであるとのこと。別の音楽家にもこの件を尋ねたら、べーゼンは弾く人によって音が違ってくるとのこと。ほぉ〜、やっぱりじゃないですか。

さて、この話をしていてライカレンズの話を思い出しました。ここ最近ライカやツァイスの歴史やらレンズ性能などの関連本を読み込んでいたのでそう考えたのかもしれません。使う人によって表現が変化するというのは画一的なものを嫌う人たちにとってはとっても得難いものです。一方で横並びが安心できる人にはオソロシイ仕様ですな。

日本の商品戦略はみんなが便利で安価なものを好むと勝手に決めつけ、製品性能の均質さや効率性、廉価簡略化などなどを必死に進めてきました。それで世界制覇していたと思っていたら実はそうではなかった。TVなどの消費財ならそれもいいのですが、耐久財はそれではモノ足りませんし、ましてやアート絡みならアウトですからね。それが今日本に突きつけられている現実と課題ではないのか。iPhoneにアンドロイドが勝てないのはそういった面もあるんでしょう、きっと。Bösendorferからそんなことを考えた秋の夕暮れでした。

金沢の演奏会、おそらく2夜聴くと全く違った印象が得られるのかもしれません。