水道水の放射能汚染 正しい理解と対処の方法を学ぼう!(改訂版)

.opinion 3.11

厚労省は21日福島県飯舘村の水道水から1キロあたり965ベクレルの放射性ヨウ素が検出されたと発表しました(新聞等)。TVでは危険がないかのような解説をする学者がいましたが、はたして本当にそうなのでしょうか。 (追記3/23 原子力安全委員会の数値根拠についてリンクを張りました)

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まず、日本には飲料水の水質基準の中に放射能に関するものはありません。メディアに出てくる「基準」というのは原子力安全委員会が飲食物について定めた1キロあたり300ベクレル(ヨウ素131に関して)という指標。水1キロは1リットルと同じですので、1リットルあたりの濃度として考えて下さい。

先の飯舘村で検出されたのは965ベクレルで、原子力安全委員会の指標の3倍以上でした。これがはたして問題になる濃度なのかどうか。そのことを理解するためには、まずベクレルとは何か、そして被曝線量を表すシーベルトとはどう関係するのかを知っておく必要があります。その上で水道水中の放射能の値の大小について考えていきましょう。

ベクレルとは「1秒間に1つの原子核が崩壊して放射線を放つ放射能の量」のことで、先の965ベクレルというのは毎秒965個の原子核が崩壊するという意味です。でも、これは放射能の強さを示すだけですから、人体への影響はわかりません。そこで線量変換係数を乗じ被曝線量に換算します。

自然放射線による被曝線量(つまり、原発があろうが無かろうがどこでも浴びる放射線による被曝線量)は1年間に2.4ミリシーベルトとされています(世界平均、バックグラウンド値)。WHOは、このうち5%にあたる0.1ミリシーベルト/年を飲料水に因るものだと仮定し、それ以下ならヒトの飲用に使うのは可能であり、これ以上減らす措置を考える必要はないとしました。

では、被曝線量 0.1ミリシーベルトに相当するベクレル値を計算してみましょう。今話題になっているヨウ素131の場合、線量変換係数(Sv/Bq)は2.2×10^(-8)ですから、1日2リットルの水を飲み続けるとすると、求める1リットルあたりのベクレル値 x 2 リットル x 365日 x 線量変換係数 Sv/Bq が 0.1ミリシーベルトに相当します。計算すると、約6ベクレル/リットル。これが1年間の摂取で0.1ミリシーベルトに相当する飲料水中のヨウ素131核種の濃度です。

ただし、WHOガイドライン(2008)ではこの値を10のn乗で丸めて10ベクレル/リットルと表記し、その値をガイダンスレベルとしました。この値を超えないようであれば、一生涯10万分の1の発がんリスクと同程度であると説明されています。

WHOは実務的な基準として、総ベータ放射能で1リットルあたり1ベクレル(総アルファ放射能は0.5)を提案しており、これをスクリーニングレベルとして、これを超過したら、個々の核種を調査すること等を推奨しています。

ただ、これは平常時の自然放射線の話であって、原発の事故等のように放射性核種が環境中に放出されるような緊急時には遙かに高い濃度になるはずですから、被曝線量もそれに応じて高くなってしまいます。WHOのガイドラインはそのことを考慮し、先の数値は緊急時の水道には適用しないと明言しています。放射能汚染が進むと基準自体に意味がなくなるからでしょう(基準値より高濃度になるのは明らかだから)。

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じゃ原発事故のような緊急時にはどう考えたらいいのか。そこで原子力安全委員会が飲食物について示した指標の登場です。なぜ、原子力安全委員会がWHOの実務的基準の300倍(ヨウ素131)を日本独自の「基準」にしたのか、よくわかりませんが、原子力安全委員会の根拠らしきものはこちら。原子力事故が起きても、これくらいの濃度を見積もっておけば何とか収まるだろうという判断があったのかも知れません。少なくとも、この指標は長期的な安全を担保する基準ではないと考えられます。

今回の水道水中のヨウ素131は965ベクレルですから、被曝線量に換算すると15.5ミリシーベルト/年。平常時のバックグランド値の150倍以上。平常時のWHO勧告基準からすれば965倍です。原子力安全委員会の指標は、もともと平常時WHO勧告の300倍を基準にしているのですから、「基準値の3倍」というメディアの説明では事態の過小評価に繋がります。

965であろうと300であろうと、数値が低いとはとても云えません。はたして問題なしとできるのかどうか。TVに登場する学者らの云う「直ちに危険となるものではない」という説明はやはり、「直ちに危険となるものではないが、晩発性の影響はあるだろう」と聞き替えなければなりません。要するに急性障害はないというだけなのです。

厚労省は21日に、(手洗い、入浴などの生活用水としては利用可能としつつ)「水道水を飲むことを控えるよう」に飯舘村に要請しました。平常時の値に戻るまで問題の水道水を飲用にするのは避けるのがいい、という判断でしょう。

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ただし注意すべきことが1つ。大事なことですのでよく聴いていただきたい。

水道水中の放射能がバックグランド値よりもかなり高くなったということは、その地域が人為的な要因によって高濃度に汚染されているという明らかな証拠です(今回の場合では福島第一原子力発電所事故が原因)。こうなってくると、飲み水の危険性を云々する前に大気の汚染の深刻さを問題にしなければなりません。飲料水や食物は汚染地域外から入手することも可能でしょうが、空気はそうはいきません。

水道水中の放射能が通常より高いということは、水源や処理場において水が大気から汚染されてしまったわけですから、大気の汚染は深刻だと見なさなければなりません。そして、その汚染は飲料水だけでなく地域の農業や酪農に深刻な影響を与えることも容易に想像できます。数値だけみるなら「直ちに危険だというわけではない」のですが(急性障害はないだろう)、「長期的にはやはり問題となるだろう」と考えざるを得ません。リスク許容量は個々人で異なるので「私は大丈夫だ」という人がいても不思議ではないのですが、安全だと主張する学者が問題にしているのは急性障害だけだということも知っておいて下さい。

原発からの放射能汚染が今後どうなっていくのか。数週間数ヶ月で収束するのか、それとも何年もかかるのか。それがある程度明らかになるのはまだまだ先のことでしょう。水道水の汚染は放射能汚染の深刻さの1つの目安として考えるべきであり、大気の汚染や食品の汚染を含め、総合的に考えるべきではないでしょうか。自然放射線による被曝線量よりも著しく高い放射線被曝がある地域では、退避疎開まで視野に含めて真剣に考えるべきでしょう。

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(参考)拙著「あぶない水道水」(三一新書 1996)では、放射能の水質基準について以下のように説明しています。

日本の水質基準には放射能も入っていない。単に原子力発電所の排水や排ガスだけでなく、…(中略)。WHOのガイドラインでは飲料水経由の年間実効線量を0.1mSv(ミリシーベルト)と勧告し、総α放射能や総β放射能の濃度を検討しているが、日本では放射能に関する基準の影さえ見えない。したがって、ほとんどの水道事業体ではノーチェックである。