非常と通常

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6月18日に関西で起きた地震の影響がまだ続いています。インフラの復旧は進んできましたが、震源近辺では余震もそれなりに起きており、まだ終息とは言い難い。要するに、被災地域はまだ非常事態。そんな中、大阪府がケッタイなことを鉄道各社に要請するとの話を聞き、そりゃ話が違うだろうと気になりました。

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毎日新聞2018年6月21日

報道によると、

大阪府は「国や鉄道各社に、運行再開のめどを公表する際の統一的な基準の策定を要請する意向」を持っているらしい。「各社が再開のめどを示さずに「運行見合わせ」を続けると、利用者が帰宅手段を選択できず、大量の帰宅困難者が生じると分析」したからだそうです(毎日新聞6月21日より)。

なんか変ですね。地震が起きても皆が帰宅できると大阪府は考えているのでしょうか。たしかに今回は当日深夜になってJRは運行再開していますが、それは結果論(注)。

地震の規模は速報で出せても、鉄道やインフラの被害規模や影響範囲は詳細な調査をしないと簡単には出せません。再開のめどが出せないからこそ非常事態なのに、公表の手続きだけ統一しても使い物になるのでしょうか。考えるまでもなく、インフラが機能しないと帰宅できないだけでは済まないからです。

大阪府が鉄道の再開スケジュールを早く出せというのなら、大阪府や府下自治体管轄の、つまり自らのサービスである水道の復旧再開には統一的な公表基準ってあるんでしょうか。だとしたら、自らの例を出して、こうしたらどうだと意見を出してほしい。そうでないなら、一分でも早く安全な運行再開につとめている鉄道各社に無理強いしているだけ。自分に無理なことを他者に要求するのは役所らしいといえば役所らしい。

鉄道の再開情報を少しでも早く出して欲しいという気持ちはよくわかります。列車に乗っている当事者なら尚更です。お役所や鉄道各社があれこれ云ったところで、どうしようもならないからこそ非常事態なのです。

非常を通常の感覚で捉えてはなりません。鉄道が止まって再開が難しくなった時にどう判断するのかは、まず状況把握が一番。でもその情報が手に入らない時にはどうしたらいいのか。

群集心理でパニックに陥るのは問題ですが、列車に居残るのか、脱出するのかは基本的には個々人が判断すべきこと。非常時には「皆で仲良くいっしょに」ではなく「てんでんこ」、私はそう考えます。3.11でもわかったように、お上に従順だとヤバイ。手続きだけ精緻にしようというのは役所の責任逃れじゃないのか。そんなことを考えた昨日です。

(注)22日になってJR高槻付近で線路が歪んでいるのが発見され徐行運転などで対応を余儀なくされています。運行を急いだ前日晩に事故が起こらなくてホンマに良かった。運転再開には線路チェックは欠かせませんし、その延長が長いと時間がかかることも覚えておきましょう。

(追記)高槻市の小学校プール横のブロック塀が倒壊し生徒が亡くなった件、基礎鉄筋の入り方が明らかにマズイのをなぜ問題なしとしたのか。今朝の報道では、ずっと以前に学校側は高槻市教育委員会に塀の安全性について照会していたところ、教委は問題なしと連絡していたらしい。危険な状態をなかったことにしたツケが今回の事件でした。
教委が問題なしとしたら、学校側がいくら対策を採ろうとしても予算がつきません。私自身、学校プールで排水口や飛び込み関連事故の対応が遅れたのを調べていた時、各地の教育委員会が学校の安全性確保の大きな障害になっているのを知りましたが、今回もそうなのかと唖然とする次第。