苔生す白山平泉寺で考えたこと

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先週末白山のふらりへ。途中勝山の白山平泉寺へ立ち寄りました。ある小冊子で見たお寺の苔に惹かれたから。
ただそれだけ。それだけだったのに行ってみるとびっくり。大木林立する境内の敬虔さ、そして苔の美しさもさることながら、お寺の数奇な歴史と宗教弾圧の一端を知ることに・・・。

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キッカケになった旅行冊子にあったのは「白山神社」。いったい何処なのかとググってみると、「白山神社」は全国にたくさん。でも肝心の福井には1つも出てきません。あれっ変だな。

ほんじゃホームサイトか何かないのかと調べると白山平泉寺がヒット。あるいは白山神社平泉寺なんていう記載も。寺なのか神社なのか、なぜ寺と神社が同時に出てきたりするのでしょうか。

地元の福井県勝山市に従うと白山平泉寺が正しい呼称ですから白山神社ではなさそうです。現地に辿り着き駐車場でいただいたパンフレットにその答がありました。

ここはもともと白山を礼拝する山岳信仰の拠点の1つとして建立されたもの。源平の頃からのゴタゴタを経て鎌倉室町時代には六千の僧坊を誇る一大宗教都市として栄えていたそうな。ところが加賀一向宗による焼き討ちに遭い寺が消失。その後秀吉の時代に再興されています。

さらなる災厄は明治維新。日本古来の宗教ではもともと神と仏がいっしょだったのを、国家神道を明確に打ち出すため明治政府は神仏分離を推進。廃仏毀釈はその過激な形態ですが、仏像仏具は破壊され、神仏習合の寺は無理矢理「神社」にされてしまいます。平泉寺もその例外ではなく、白山神社という呼称が今でも使われている理由はその時代の名残なのでしょう。

それにしても、廃仏毀釈とは過激で残酷なことよ(追記)。平泉寺境内には首を落とされた仏像がたくさんあり、その凄まじさの一端が浮かんできます。救いだったのは、落ちた首を上手く載せたものを見かけたこと。マツリゴトの残酷さに抗うかのような民の優しさに感動する次第です。

もう1つ。個人的なことですが、40数年前京都で住むようになり、お寺の中に神社があったり、その逆もあったりする処を見て、神と仏がなぜ同居しているのかずっと疑問でした。白山平泉寺の歴史から日本では明治時代までは神仏習合が当たり前だったことを知り、長年の疑問が解けました。要するに廃仏毀釈をきちんと理解できていなかったというわけで、神社とは国家神道だけのものではないことを再確認。

(追記)タリバンやISなどが貴重な文化財や遺跡を破壊するのを見て野蛮などと思う人がいるかもしれませんが、日本も明治維新の時には似たようなことをやっていたわけ。これを文化浄化といいます。宗教と政治が結託すると恐ろしい、そのことを私たちは覚えておくべき。