諫早市合成洗剤配布その後

Water

   諫早市が市民各戸に水質保全対策を名目に台所用合成洗剤を配布した件のその後です。諫早湾の干拓ギロチンでは飽きたらず、合成洗剤を各戸配布するとは、なんとまぁ愚かな行政ですが、市民団体「いさはや水と命のネットワーク」は市へ配布された合成洗剤を返還しました。

  ところが市曰く未配布分は市庁舎などで使うとのこと、全くもってタチの悪い市行政に呆れ返ります。また、この合成洗剤配布を不当な公金支出だと監査請求した市民に対して、市監査委員は「環境政策として何ら有効性がないとはいえず、公金の不当な支出とまでは言えない」としています。ところが、監査過程で採用した市側の言い分は根拠のないものでしたから(以下参照)、行政も行政なら監査も信頼に足るものではないということでしょうか。困ったものです。

  以下に紹介するのは、有田自身が書いた諫早市への意見書と現地版毎日新聞に載った某学者の無責任コメントに対する意見です。

1・「ブルーシー台所用洗剤の毒性試験について」への意見書

 諫早市は1999年4月に「下水処理場の活性汚泥を使用して、毒性試験を実施」しているが、本試験は洗剤の毒性試験として全く成立しておらず、自らが配布した合成洗剤の安全性について明確にしていない。この試験の結果では、市側がブルーシー洗剤を配布する根拠とは到底なり得ないものと考えられる。

1)試験内容の妥当性
 市は合洗洗剤による微生物への毒性を評価するために、活性汚泥中の原生動物等を対象とし、試験内容は市・中央浄化センターの活性汚泥に洗剤を添加し、活性汚泥中の微生物の変化を顕微鏡で観察したものである。
 この試験を試験と呼んでいいものかどうか。まず、顕微鏡で何を調べたのかが明確でない。洗剤を入れていない時の微生物の挙動と洗剤を入れた場合との比較だとしても、動いている原生動物の数をカウントしたのか、それともATPやDNA/RNA等の生物活性指標を測定したのか、生分解能力の多寡を測定したのか、あるいは単に顕微鏡でながめただけなのか。報告を読む限りでは、洗剤を入れた5分後における単なる主観的観察に過ぎないようである。ちなみに、原生動物以外の微生物については、その生物活性を顕微鏡でながめることは困難である。
 次に、洗剤の添加濃度は活性汚泥100mlに対して標準使用量で実施しているが、この実験根拠が全く不明である。対象微生物群に対して比較的高濃度の洗剤・界面活性剤を添加する場合には、試料水中のpHの急激な変化等が予想される。そのため、その環境条件の影響を排除しなければ、界面活性剤それ自体の毒性を調査することはできない。報告をみると、洗剤添加量の多い石けんの試験ではpHが8や9を越えており、このナトリウムによるアルカリ性環境下では細胞膜が破壊され微生物が死滅してしまい、洗剤の毒性試験とは別の試験を行っていることになる。おそらく、顕微鏡映像の結果では微生物の動きがどうのこうのというよりも生物の細胞膜破壊が見られたのではなかろうか。そうだとすると、洗剤の毒性とは違うものをチェックしてしまったことになる。
 以上から推察できるのは、諫早市の試験は生物活性を科学的に評価しておらず、洗剤毒性については試験自体の妥当性に欠けていると言わざるを得ない。

2)洗剤毒性と微生物の生物活性
 洗剤の毒性とはいったい何か。生物がすぐに死滅するような急性毒性なのか、それとも低濃度でも慢性的な影響を与えるものなのか、奇形を起こしたり(催奇形性)、発ガン性があるのかないのか、あるいは遺伝子に悪さをしたり生物の生殖特性に影響を与えるものなのか、どれを問題にするのかで試験の方法や内容は大幅に変わってくる。諫早市の試験ではわずか洗剤添加5分後の影響をみているだけである。この場合は急性毒性が問題になったのであろうが、pH等の環境条件を揃えていないため洗剤毒性を調べているのか環境変化による影響をみているのか、意味不明の試験になってしまった。洗剤量でいえば、ブルーシーが最も標準使用量が少ないのだから、100mlの活性汚泥にとっては最も環境変化がない状態での試験となる。活性汚泥にとって影響の少ない条件となったブールーシーの結果が原生動物の活動に比較的影響度の少ないものとなっているのは、そのためであるともいえる。
 また、活性汚泥微生物の生物活性を問題にするのであれば、生分解能力がどれほど低下したのか、どれくらいの時間で復旧するのか、あるいは全く回復しないまでに生物が死滅してしまったのか等々調べなければならない問題は多い。然るに、諫早市の試験はそのような試験は一切やっておらず、顕微鏡での主観的観察結果のみを記すのみであるから、生物活性の試験をしたとはとても言い難い。これをもって「毒性試験を実施」というのは、科学的な根拠に著しくかける見解と言わざるを得ない。

3)結論の不明瞭性
 諫早市は先の奇妙な試験からいったい何をどう判断したのか。諫早市の報告には試験内容と簡単な観察結果が載っているだけで結論が明記されていないため、はっきりした結論がわからない。ただ、監査請求人に対して監査委員が検討した内容を読むと、市側はブルーシー原液の毒性が石けんより高いこと、標準使用量の比較では河川などへの影響が石けんと変わらないと判断していることがうかがえる。にもかかわらず、石けん配布ではなくブルーシー配布を決定した理由としては、ブルーシーのBOD負荷量が石けんのそれよりも少ないことが根拠のようでもある。
 しかし、BODとは生物分解性の指標であり、分解特性の異なる合成洗剤と石けんを同列に論じること自体が誤りである。また、生態系での分解性を調べるためには、BOD負荷量の多寡ではなく水環境の内容そのものが問われるべきであることを忘れ去っており、承伏できない。
 以上のことから考えて、石けんではなくブルーシーを各戸配布した論理的根拠はきわめて薄いと言わざるを得ないものである。
 
*この意見書を提出した市民団体に対して、市側・烏合生活環境部長は「専門家の学術的なご意見に対しましては、市としてのコメントはできかねます」等と回答しています。じゃ、いったい誰の意見なら聞くの?って言いたくなりますね(苦笑)。姑息な行政は税金泥棒と同じだと心得るべきです。

2・新聞の無責任コメントに関して
 毎日新聞現地版(99/03/01)に、中村純二なる宇宙物理学者(東大名誉教授)が石けんが環境汚染源であるかのようなコメントを書いていた件について、その科学的根拠が全くわからなかったので、婦人民主クラブの方からコメント主本人に問い合わせた所、科学的根拠どころか、単なる無責任なコメントであったことが判明しました。あまりにもひどい内容なので、毎日新聞に訂正記事か替わりの記事を書いて欲しいという市民団体の希望もあり、有田がその無責任学者のコメントについて意見を書きました。以下のものは市民団体経由で毎日新聞支局へも送付されているはずですが、毎日新聞がきちんと対応した形跡はありません。少なくとも、私のところへは何の連絡もありません。嘘書いたら訂正するのが最低限のルールだと思ってますが、毎日新聞は掟破りのマスコミなのかしらん。

*中村純二氏の書簡について*

 中村氏は専門が宇宙物理ということであり、石けんや環境問題についてはどれほどの知識があるのか全く不明だが、手紙文中の記載には石けんや洗剤についての誤解が散見する。たとえば、石けんについて「特にBODやCOD値が高く、多量に排出されると水質の富栄養化につながる上、石けんカスが出て排水孔がヌルヌルになったり洗濯物が黄ばんだりします」と認識しているらしいが、富栄養化の原因とは石けんが主たる原因でもないし、石けんカスでヌルヌルになるわけでもなく、洗濯物が黄ばむ原因でもない。
 それらはさておき、琵琶湖に関する記載について決定的な誤りを指摘しておこう。中村氏は、滋賀県が合成洗剤のリンを富栄養化防止条例で禁止してもプランクトンの異常発生が止むことはなかったとし、石けんがよくないと解説しているが、これは事実誤認と専門的知識の欠如による誤解である。
 まず、「プランクトンの異常発生が止むことはなかった」理由は、既に琵琶湖が十分に汚染され琵琶湖湖底には窒素やリンを大量に蓄積されており、赤潮やアオコの発生が避け得ない状況であったことを示しているだけである。このことは滋賀県関係者だけでなく多くの研究者の認めるところである。中村氏は「ブレーキ踏んでも車は急に止まれない」という物理法則も知らないのであろうか。
 次に中村は滋賀県生活環境部長の言を引いて、石けんが水質汚染の原因であるかのように説明しているが、これも間違いである。琵琶湖の水質悪化の大きな原因は、湖の生態系を大幅にいじくりまわした環境破壊・開発行為であることは多くの研究者が指摘するところであり、石けんだけに汚染原因を求めるのは科学的根拠がなく、琵琶湖の水質汚染を隠蔽するだけである。
 さらに中村氏が新聞紙上で「石けんカスでアシが枯れ魚が死んだ」等と嘘八百を並べた件について、長浜の知人に聞いた話を勝手に自分でアレンジしたものであったことを白状しており、そうだとするとその間違いコメントを記載した新聞は訂正記事を出すのが筋というものであろう。中村氏に学者の良心があるのなら、学者という権威を利用して科学的根拠のない説明を行い、諫早市の合洗配布という行為にお墨付きを与えようとしたことを恥じるべきである。

有田 一彦(99/05/26)