マチスの最高傑作 ロザリオ礼拝堂  ニース その9

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rosaireマチスが自身の最高傑作と称したロザリオ礼拝堂。ニースの南西、バスで約1時間のVence(ヴァンス)の町はずれにあります。

今回の旅行で是非訪れたかった場所の1つ。式典などで突然クローズされることがあるという話を聞いていたので、万全を期すため近くに2泊分の宿をとって臨みました。

そこで観たのは、真っ白なタイル壁に描かれたマチスの絵というより、彼が作り上げた、礼拝堂というカタチを纏った、美しいとしか云いようのない作品空間。予想以上の荘厳さに感激し、しばし礼拝堂のイスに座り込んでしまいました。



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マドモアゼル、あなた、いままでにヴァンスのロザリオ礼拝堂へいらしたことはある? あら、ないんですのね。だったら、人生の「楽しみの箱」がひとつ、まだ開けられずに残っているようなものよ。

原田マハ『うつくしい墓 Le belle tombe 』より(『ジヴェルニーの食卓』に所収)

私たち夫婦がコートダジュールへ行こうというキッカケになった、原田マハさんの『うつくしい墓』の一節は上の通り。

その礼拝堂とはいったいどんなものなのか。別の本によると、マチス自身が「礼拝堂の仕事は自分が選んだものではなく、人生の終わりに近づいて自分が選ばれたのだ」(夏目典子「フランスとっておき 芸術と出会う場所」)と云ったそうな。もともとマチスやピカソにはかなり興味がある方なので尚更興味が湧いてきます。

そして私もやっとVenceへ辿り着きました。

礼拝堂のドアを開けてみると、な、なんなんだ、これは! 明るく柔らかい光に包まれてしまうような、そんな感覚を覚えたのは錯覚なのか。

まず最初に気付くのは、内部が非常に明るいこと。従来の礼拝堂は祈りに集中させたいせいか、窓なしだったり内部を暗めにするのですが、それとは全く違った設えです。それもそのはず、ロザリオ礼拝堂は南側と正面西側の壁がガラス窓で、他の壁はすべて白色なのです。

この明るい内部、礼拝堂は暗くあるべしと考える関係者からのクレームを受けたそうですが、逆に明るさゆえに敬虔さや清らかさを表しているようで、私は好感を覚えました。さて、礼拝堂内部の写真撮影は禁止だったので、以下、礼拝堂で購入した絵ハガキや冊子(CHAPELLE DU ROSAIRE of The Dominican Nuns of Vence)から撮ったものを使いながら言葉で説明してみます。
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礼拝堂のガラス窓はすべてマチスの下絵に基づいたステンドグラス。驚くことに、光が強い場合、白色の床や祭壇などに色ガラスのグラデーションを作り出します。マチスの計算通りなのでしょうが、なかなか素晴らしい。そして、祭壇の燭台やキリスト像もすべてマチスの作品です。

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窓面以外の壁は白かアイボリーで、壁には白色タイルが敷き詰められ、その上にマチスの絵が描かれています。祭壇横の、参列席から向かって右側の壁は聖ドミニコ師、参列席右側は花に囲まれた母子の姿です。天井が高いため壁面の絵は高さ3メートルは超えるでしょうか。とっても大きく感じますし、威厳をもたらしています。

また参列席後ろの壁に描かれていたキリスト受難の絵も面白い。審問から磔までを順番に表している絵物語なのですが、よくまぁこんな絵にしたなぁ、礼拝堂にわざわざ描く意味はいったい何だろう、と非キリスト教信者である私は思ってしまいます。

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それにしても、マチスの絵から色が消え去り、描かれた形態も最小限の線に削ぎ落とされ、人の顔には表情というものがありません。評論家的にいえば、『色彩の分離と独立』の延長線上で「純粋に造形的な秩序を完全なものたらしめようとした」(高階秀爾『20世紀美術』ちくま学芸文庫)のでしょう。

これこそマチスが最後に辿り着いた絵のカタチでした。70歳を超えたマチスがピカソやアラゴンの非難を押し切って取り組んだ作品がこれだったのです。この礼拝堂の作品を自身の最高傑作という意味はそこにあるのではないでしょうか。参列席に座ってじっくり絵を眺めていると、色やカタチを超えた、イメージそのものが持つ訴求力とその表現力に思いを馳せてしまいます。感動ものでした。

ところで、帰国後ある写真を見てびっくり。私は既に後ろ側の絵物語を見ていたのです。それはロバート・キャパが写した写真にありました。以前アップした写真は以下の通り。

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キャパが上の写真を撮影したのは1949年8月。調べてみると、ロザリオ礼拝堂の建設開始が1947年で竣工は1951年6月ですから、まさにキャパの写真はマチスが礼拝堂の絵画に鋭意取り組んでいた、その作業風景を撮影したものだったのではないでしょうか。

左側は聖ドミニコ師の下絵です。一方、マチスの背後にあるのはまさにロザリオ礼拝堂の後ろ壁にあるキリスト受難の下絵じゃないですか! 見ていたはずの絵なのにこちらの記憶に残っていなかったとは不覚でしたね。

最後に一言。
この礼拝堂の壁にある絵はタイルに描かれたものなので持ち運びできません。また、礼拝堂のステンドグラスや祭壇などの備品も日本へ持ってくることはできません。つまり、Venceの現地でしか鑑賞できないので、観たい人はこの場所に来るしかありません。絵画に興味のある人、とくにマチスの絵が好きな人には、きわめてお薦め。言葉を失います。